交通死ー遺された親の叫びⅠ(2013~1998)

【コラムNo.022】 2007/6/7「自動車運転過失致死傷罪」新設について

投稿日:2007年6月7日 更新日:

◆2007年5月17日「朝日新聞」夕刊の「『運転致死傷罪』新設、最高懲役7年に引き上げ、改正刑法成立」という見出しに、一時の感慨に浸りました。「交通犯罪被害を生まない社会に向けて道半ばだが、ここまできた」と。

◆北海道交通事故被害者の会は、危険運転致死傷罪新設から間もない2002年11月、主催した公開シンポジウム「フォーラム交通事故Ⅲ」の中で、危険運転致死傷罪の適用要件緩和と自動車運転過失致死傷罪の新設などを求めた「要望事項」を内外に明らかにしました。犠牲を無駄にしないという会員の痛切な願いを集約した23項目の要望内容策定におよそ1年を費やしました。

◆検討の中で、従来の「業務上過失致死傷罪」とは別に「自動車運転過失致死傷罪」の新設を提案したのは、前方不注意の交通犯罪で奥様を失い、「妻の死を無駄にしない」と司法試験を目指していた内藤裕次さん(現副代表、弁護士)でした。

◆私たちは以来、北海道で起きたいくつかの事件について、危険運転致死傷罪の適用や厳罰化を求め、署名運動など必死にとりくんで来ました。「加害者天国ニッポン」(GU企画出版部、松本誠著)という本にも励まされたのですが、命があまりに軽く扱われている現状を何とか変えたいという思いでした。

◆要望書は若干の改訂を加えながら、毎年警察庁長官などへ提出しておりました。そして、今回の刑法改正。

◆契機となったのは、2006年8月の福岡市、同9月の川口市と続いた、いずれも幼い子どもが犠牲になった重大事件でした。

◆悪質交通犯罪に厳罰をという世論が盛り上がり、千葉の井上さんや北海道江別市の高石さんなど「飲酒・ひき逃げ事犯に厳罰を求める遺族・関係者全国連絡協議会」の3年間での30万人に達する署名活動など大奮闘が法務省や警察庁を動かしました。

◆北海道の会も「TAV交通死被害者の会」や「交通事故被害者遺族の声を届ける会」と共同して、2007年1月の法務省面談、法制審議会刑法部会委員への松本誠弁護士推薦、そして2月には法制審刑事法(自動車運転過失致死傷事犯関係)部会での意見表明と取り組み、交通犯罪を特別類型犯として厳罰化することの意義を評価するとともに、「最高刑を懲役7年ではなく10年以上に」と強く訴えてきました。(「論考・発言」の【4】へ

◆法改正で「少なくとも10年以上に」という願いは届きませんでしたが、自動車運転を他の過失事故と区別し重罰としたことは、今後につながるもので本当に大きな意義があると思います。

◆冒頭の朝日新聞には、法改正について、映画「0からの風」のモデルとなった鈴木共子さんのコメントが紹介されていますが、見出しの「命を守る法になってほしい」に被害者遺族の気持ちが込められています。

◆開会中の今国会には飲酒運転を厳罰化する道交法改正案も審議中です。これも大きな一歩となることは間違いありません。しかし交通犯罪被害ゼロの社会実現に向けては、未だ大きな課題が横たわっていることを指摘しなくてはなりません。法律や制度が出来ても、これを運用する人々の意識が変わらなければ、元の木阿弥になってしまうからです。

◆克服すべき「意識」は、交通犯罪被害を「仕方のない事故」と許容し、結果的に「加害者天国」の現状に与する捉え方です。私たちが「10年以上」にと強く願った刑法改正案が最高7年という半端な改正案になったことを、ある新聞は「新たな罪の創設は、『だれでも加害者になりうる』という過失犯への刑のあり方の模索と、遺族や被害者側の『なぜこんなに罪が軽いのか』という声の高まりとのせめぎ合いの着地点だ。」(「朝日新聞」07/3/1)と評しました。法の成立後の論評にも「厳罰化を求めてきた被害者遺族には『せめて懲役10年に」との不満が残る一方、だれもが加害者になりうる過失犯のうち、交通事故だけに厳罰を科すことに慎重な声も残る」(「北海道新聞」07/6/2)とあります。

◆しかし、果たして「誰でも加害者になりうる過失犯だから重罰にできない」という「論」は成り立つのでしょうか。大いに疑問です。刑法の役割は「刑罰により法益を不法な侵害から保護することにある」(「法律学小辞典」有斐閣)。そして「法益」とは「法によって保護される社会生活上の利益。(同上)と言われます。一体、社会全体で護るべきもの(法益)に「人の命」以上のものがあるのでしょうか。

◆この認識のずれ、倒錯を正すことが肝要ではないかと痛感します。その点では、改正刑法の施行(2007年6月12日)を前に「運転致死傷罪、悲劇をなくすための『厳罰化』だ」という見出しの「読売新聞」社説(2007/6/6)は首肯できるものでした。

◆1月29日の法務省面談で川崎市の遺族が切々と訴えていた「命を数で相対化してはならない。人一人の命は絶対化して捉えるべき」というフレーズが耳に残ります。

◆社会にとって最も大切なものを見失い、経済「効率」や「便利さ」、他者の命をも簡単に奪うクルマ通行を優先する「つくられた欲望の絶対化」が大手を振る世の中を変えなくてはなりません。

(改正刑法の施行(2007/6/12)を前に なおNo.21のコラムも参照下さい)

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