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被害者の会の気田さんが報道番組で時効廃止を強く訴えられました

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時効をテーマにしたインターネット報道番組「アベプラ」で、北海道交通事故被害者の会会員の気田光子さんが時効廃止を強く訴えられました。

被害者の会会員の気田さんが「アベマプライム」に出演し、時効廃止を訴えた

北海道交通事故被害者の会の会員、気田光子さんは、先日6月25日夜放映されたインターネット報道番組「アベマプライム」のオンライン取材に応じ、ひき逃げ被害に遭ったご主人の無念と時効廃止を訴えました。
テレビ朝日の平石直之アナウンサーと、若手お笑いコンビEXITがMCを務める「報道リアリティーショー#アベプラ」(2020年6月25日午後9~11時)の中、「時効と被害者家族」というテーマで、約25分間にわたり

~時効事件の被害者家族「死のうと思うくらい悔しかった」ひき逃げの後遺症で脳に障害 なぜ凶悪事件だけ時効廃止なのか?~

について、極めて貴重な討議が行われました。

記録ビデオの視聴が可能(暫くの間)

記録ビデオが下記リンク先で(暫くの期間)視聴できます。是非ご覧下さい。

報道リアリティーショー#アベプラ - 企画 - 時効事件の被害者家族「死のうと思うくらい悔しかった」ひき逃げの後遺症で脳に障害 なぜ凶悪事件だけ時効廃止なのか?【ABEMAビデオ】

番組の概要 被害者の尊厳から、時効存続に大きな疑問を投げかけた

気田さんは、当会発足(1999年)以来の会員です。ご家族の無念と苦しみは、下欄(会報57号掲載)の手記「ひき逃げされ重度の障害を負った夫は、37年間苦しみました。犯人を今も許せません。交通犯罪の時効廃止を願います」に凝縮されています。
番組の中で、気田さんは怒りを抑制しながらも、「事件後5年で時効となったが、今も時々警察に行く。決して許さない。時効はあってはならない」としっかり訴えられました。

ゲストの弁護士は、時効維持派?と思われますが、抑え気味で、番組全体のトーンは、被害者の尊厳から、時効存続に大きな疑問を投げかける、公正な内容でした。

また、こうした流れの中、番組終盤、日弁連の「(時効廃止に反対する)意見書」から、4つの「理由」

日本弁護士連合会の意見書(2009年)から

  • 長期間が過ぎ 裁判で被告側はアリバイ立証などが困難に
  • 犯人にも事実上の社会関係が成立している(家庭や仕事など)
  • 全事件に長期的な捜査本部や捜査員配置は無理
  • 真犯人が時効で名乗り出なくなり冤罪被害者が救済されない

が「一方の意見」として示されましたが、論拠も正義性のかけらもない「理由」はスタジオでも半ば無視されていたことは救いでした。私は、これを観て、日弁連「主流派?」は、もはや社会正義とは無縁の「ガラパゴス状態」にあるという感を一層強くしたところです。

今回の番組出演の意義と、出演の経緯

いずれにしても、被害者の視点からの社会正義にとっての重要課題である時効問題が、スマホで視聴でき、若手お笑いコンビEXITがMCを務めるなど、幅広い視聴者を対象にした番組で取り上げられ、気田さんが被害者の声なき声、魂からの叫びを代表して訴えられて意義は大きいと思います。

なお、今回の気田さんの番組出演に至ったきっかけは、当会に理解の深いジャーナリストである柳原三佳さんが、2年前の2018年11月8日の「ヤフーニュース」で気田さんの事件と会の取組などを取り上げてもらったことにあります。(下記 当時丁寧に取材いただいた柳原さんに深く感謝致します)

被害者の会による要望書、および意見書「凶悪・重大犯罪の公訴時効の在り方について」

また、被害者の会では、法務省にも毎年提出している要望書の2-3項に

2-3 公訴時効制度は、逃げ得を許し、被害者が望む公正な裁きを損なう悪しき制度である。時効廃止の対象には、死亡事件はもちろん重い後遺症を与えた自動車運転処罰法の罪も加えること。

と記して、強く求め続けていること、会の時効についての基本的要望意見は2010年改正に際して提出した下記意見書に記していますので、ご理解下さい。

「凶悪・重大犯罪の公訴時効の在り方について」(2010年1月、法務省刑事局宛提出)

気田さんの手記 「北海道交通事故被害者の会」会報57号より

「北海道交通事故被害者の会」会報57号(2018年8月20日)に掲載された気田さんの手記を以下に転載します。

ひき逃げされ重度の障害を負った夫は 37年間苦しみました
犯人を今も許せません 交通犯罪の時効撤廃を願います

真狩村 気田 光子

■ 夫はひき逃げされ重度の障害者に
結婚して9年目、S54年1月17日午前1時45分、平凡に暮らしていた我が家に、真夜中一本の電話が鳴った時から、私たちの生活は見る事、聞くこと、する事、全てが、これが現実かと思える程、目まぐるしく変化することになりました。
当時36歳の主人(気田幹雄)は、歩いて自宅へ帰る途中に車にはねられ、ひき逃げ。脳の損傷がひどく、特例が付く重度の障害者となったのです。その時、私は30歳で妊娠4ヶ月、娘は8歳。ひき逃げ被害に当時は何の補償も無く、入院したその日 から病院代の心配でした。約4年間、中村記念病院に入院。「植物人間」という言葉は初めて聞く言葉でした。この状態が1年以上続き、出産の後も植物状態でした。不安で不安で一杯でした。夢であって欲しいと幾度思ったことか。入院中も心臓が止まるという事が何度かあり、取り乱す私に、婦長から「しっかりしなさい。親でしょ。子どもが不安でいるのに親が取り乱してどうするの」と言われ、娘が泣きながらじっと立っているのを見て我に返りました。
4年で自宅に戻ってきても、自分では着替えも出来ず、入浴など何をするにも娘と2人がかりでした。高次脳機能障害もあり、子どもと同じにおやつを分けても、取って喧嘩になったり。一番辛いのは主人なんだとわかっていても、暴力があったりすると、きつい言葉が出たり。とにかく大変という以外に言葉は見つかりませんでした。
そして主人は、33年後69歳で介護度3となり、昨年6月、心不全により息を引き 取りました。73歳でした。

■ 死を考えたことも
事件当時は被害者なのに加害者 扱いされる事もありました。「捜査してやっているん だ」「こっちも忙しいんだ」「何文句ある」などなど。当時、私には何の知識もなく、子どもも小さく、生活の為働かなくてはならず、主人の事、子どもの 事、生活の事などで一杯で、気持ちの余裕はありま せんでした。 私の頭にあるのは、頑張れなくなったら死、子ども2人との死。先の事を考えたらどうしていいか・・・。いろんな事を言われたり、聞こえてきたり。私の心は不安定になっていました。
当時小学2年だった娘に「母さんは死にたい。もうやっていけない。死んだ方が楽だ」と言いました。 娘は泣きながら「どんな事でも我慢するから、協力するから、一緒に母さんと頑張るから」と。この言葉が無かったら3人はこの世にいなかったと思います。毎年9月(考えたのは9月だった)になると、生きている事の幸せを感じています。

■ お世話になった方たち
私たち家族が今生活していられるのもたくさんの人に言い尽くせない程支えて頂いたお陰と、人の親切を身に染みた39年間でもありました。札幌の中村記念病院、洞爺の協会病院、北広島西の里の北海道リハビリー、洞爺村の温泉病院、野の花診療所、真狩羊蹄デイサービスと、たくさんの人にお世話になり支えて頂きました。中村記念病院を退院する時に、先生と婦長さんから「気田さんがどこへ行っても看護師がいたでしょ。あれは偶然ではなく、頭から足の先まで“死にたい、死にたい”と書いてあるから目を離さないようにと 病院側の配慮だったんだよ」と聞かされました。4年もいて全く気付かず、ただの偶然だとばかり思っていました。それを聞いたとき涙が止まりませんでした。とにかくどこへ行っても看護師さんがいて「あらー、また会ったね、1日によく会うね」など言われていました。

■ ひき逃げ犯を許せません 時効制度は、無くして欲しいです
ひき逃げの犯人の事は、この39年間、1日として 忘れた事は無く、憎いと思ってきました。私たちがこんなに苦しんでいるのに、何の制裁も受けずに、時効によって、のうのうと暮らしている。それを考えるだけでも胸が張り裂けそうになります。殺人罪の時効が撤廃されるなど、法律改正がありましたが、ひき逃げにも時効があってはなりません。被害者の会の要望事項「公訴時効撤廃の対象には 自動車運転処罰法の罪も加えること」(要望事項2- 3項)の実現を願っています。

〈事件概要〉 1979年1月17日未明、後志管内真狩村の道道で、気田幹雄さんが倒れているのをタクシーの運転手が発見。気田さんは頭部をひかれていた。気田さんの着衣に、油や土が付着していたことから、警察は大型トラックによる ひき逃げ事件として捜査したが、犯人を逮捕できず、5 年後の84年に時効となった。(北海道新聞 2006/12/29)

「北海道交通事故被害者の会」会報57号(2018年8月20日)p3より

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