論考・発言

【7】2010/10 内閣府主催「第9次交通安全基本計画(中間案)に関する公聴会」での公述人意見

2010年10月22日

内閣府が主催した「第9次交通安全基本計画(中間案)に関する公聴会(2010/10/22)での公述人としての発言原稿。

第9次交通安全基本計画(中間案)に関する公聴会での公述人意見

(2010年10月22日、東海大学交友会館「望星の間」)

北海道交通事故被害者の会 前田敏章

公聴会での公述人意見

 私の長女は、前方不注視のクルマに轢かれ17歳の短い生涯を終えました。被害ゼロを願う北海道の被害者団体として、意見を申し述べます。

 まず、理念と目標についてです。「中間案」がこれまでと同様に、「交通事故のない社会を目指す」が、「一朝一夕に実現できるものではない」として、目標数値を年間死者3,500人以下としていることは問題です。昨年の意見聴取会でも述べましたが、人が作った道具であるクルマ使用によって、日常的に命と健康が奪われ続けているという事態、これは正に異常と認識すべきです。私が高校生などへの交通安全講話の際に必ず触れる数値があります。2008年は96.3%。日本で身体犯被害者数に占める交通死傷者数の割合です。これを、根絶ではなく、言わば3,500人×5年で17,500人+αの交通死を「仕方がない」とすることは、到底納得できません。

 日本学術会議は2008年に、「交通事故ゼロの社会を目指して」という貴重な提言を発表しました。その中で、「ゼロを目指すためには、既存の施策の延長線では無理であり、新たなパラダイム(※時代の支配的な物の見方)を設定して、全ての関係者がそこに向かって努力していくことが必要」と述べているのです。「中間案」の死者数や死傷者数の目標設定は、学術会議も指摘し懸念する「事故はやむを得ない」「事故に遭ったら運が悪い」という現状の追認にもなり不適切です。

 お手許に、今年のワールドディ(世界道路交通犠牲者の日)「北海道フォーラム」のチラシを配布させていただきましたが、テーマは「ゼロへの提言」です。昨年のフォーラムで私たちは、「文明や進歩とは無縁のこの「静かなる大虐殺」「事故という名の殺傷」による悲しみの連鎖を断ち切らなくてはなりません」というアピールを採択しました。既に、スウェーデン政府は「ビジョン・ゼロ」という長期目標を国会決議し、壮大なとりくみを始めています。「究極的」ではなく、中期のゼロ目標を明確にし、パラダイムを転換した上で、その核となる抜本策を定めた計画にすべきです。

 パラダイムの転換の一つは、安全=生命尊重を、文字通り第一義に置くことです。そもそも「計画」を定めた親法である「交通安全対策基本法」の目的に「円滑化」という文言はありません。しかし「中間案」は数カ所で安全と円滑を同列に扱っています。安全を「円滑化との関連」で論じるのは筋違いです。

 一つの具体例を挙げます。私たちは、道路上、それも交差点の横断歩道上で人が轢かれることは決してあってはならないと、歩車分離信号の設置・普及を要望しています。しかしその普及率は、試行によって安全への効果が十分に確かめられているにもかかわらず、依然2%程度に留まっています。北海道でその理由を尋ねたところ、担当者からは、車両通行の「円滑」な流れに配慮するからという返答でした。「安全」が「円滑」の犠牲になってはなりません。

 イギリスの交差点は100%が歩車分離信号と聞きます。生命尊重が言葉だけでなく具体的に進むよう、これを標準化して下さい。

 パラダイムの転換の二つ目は、自動車交通の抜本的な速度抑制と制御です。「自動車事故が発生し、それが深刻な事態となる根本の要因は、自動車が重く、高速で走るから」であり、安全と速度の逆相関関係は明白です。「効率」とスピードの価値を優先して押しつけ、人命の問題を「費用対効果」で検討するなど理性を麻痺させてきた、言わば「高速文明」の幻想と矛盾から脱却すべきです。

 関連して指摘します。中間案の「人間はエラーを犯すものとの前提の下で、」「(それが)事故に結び付かないように・・・」(p2)という行ですが、このために必要なのは、自動車自体に装置を組み込むことによる速度の抑制と制御です。「ITの活用」は、この速度抑制対策にこそ有効なのであって、「人の認知や判断等の能力や活動を補い、また、人間の不注意によるミスを打ち消し・・・」(p2)というのは、多くの学者の方も指摘するリスク・ホメオスタシス(※危険の低下が知覚されたとき、運転者がそれに補償的行動をとって危険水準の低下を相殺する)の可能性があり、根本対策とは言えません。そればかりか「ITが人間のミスを補完する」という幻想を与え、悲劇を日常化させているクルマ優先社会の是認につながるものです。これまでの計画でもそして中間案でも随所に強調されているITSは、このような幻想をふりまき続け、他の根本的対策を後送りにするという悪しき役割を果たしますから見直すべきです。求められるのは、「被害ゼロ」の要である速度抑制につながる制御であり、今ヨーロッパでも開発実験の進むISA(※Intelligent Speed Adaptation:情報技術を活用した速度調整)の実用化などです。

 私たち北海道の会では、日本において、ISAと連携してソフトカーというコンセプトでの研究実践が進んでいることを知り、昨年のワールドディの基調講演で「脱・スピード社会」への具体的方策を学びました。お配りした要望事項にも盛り込んでいますが、運送車両等の保安基準を改正し、道路の環境に応じた制限速度に対応して、自動車自体にもその設定最高速度を超えられない制御装置(リミッター)を義務づけるなど、速度抑制の社会的インフラの開発整備を対策の根幹に据えることが必要です。そして、日本学術会議が提案する大規模な速度制御の社会実験を早急におこない、あわせて、速度標識のない道路の法定速度が時速60kmという現在の道路交通法とその施行令の見直しを直ちにおこなうべきです。

 パラダイム転換の第3は、歩行者優先の生活道路の普及と徹底です。

 歩行者や自転車通行者、とりわけ子どもやお年寄りが安全・快適に通行できる道路環境をつくることは、最重要の課題です。そもそも道路は住民等の「交流」機能も併せ持つ「生活空間」ですから、ヨーロッパで進む交通沈静化の理念と施策にも学び、子どもが遊び、住民が交流できるう道にすべきです。車の通行速度を例えば時速20km以下に抑制し、通過車両を最小とするなど規制を徹底し、そして、通行の優先権はクルマではなく歩行者に与えられることを明確にすべきです。

 また、この歩行者優先の生活道路は、ハンプやクランクなど道路構造整備を前提とせず、「コミュニティ道路」などと特に指定した地区に限ることもなく、幹線や準幹線の道路以外全てのゾーンで直ちに徹底すべきです。
そして、自転車の安全な通行のために自転車専用道(専用レーン)を標準化する必要も強調して下さい。

 以上の、パラダイムの転換の上に立って、目標の見直しとともに、「今後の視点」の8つの柱を見直し、柱の1と2に、「速度の抑制・制御」「歩行者優先の道路環境整備」を加えて、ゼロ目標を具体化して下さい。

 私たちは、発足間もない2002年より事故根絶のための要望事項をまとめ、関係省庁に提出しております。26の項目、全て切実です。是非計画に盛り込んで下さい。

 以下、時間の関係もありますので、数項目に絞って補足します。

  • ★公共交通機関網を整備し、クルマ(とりわけ自家用車)に依存しない移動体系を確立することを明確にした計画にして下さい。
  • ★次に、高速道路の安全問題で、いわゆるロードキル対策があります。道路に飛び出した動物を避けようとして起こる事故ですが、今も頻発しており、私たちの会員の中にも被害遺族がおります。これは高速道路では侵入を防ぐフェンスを万全にし、一般道路では制限速度を下げることで防ぐことが出来るものです。この課題も計画に盛り込んでいただきたいと思います。(※ロードキル:道路に侵入した動物が、走行する自動車にはねられて死亡すること。全国で年平均34,000件、道内で1,800件。高速道路では、キツネなど地中を掘って侵入する動物の対策など防護柵の改善整備が必要とされる。)
  • ★また、事故根絶には、原因の科学的究明が必須です。航空機のフライトレコーダーに相当するドライブレコーダー(※事故やそれに近い事態が起きた際、急ブレーキなどに反応し事故前後の映像等が記録され、分析によって速度や衝撃の大きさなど詳細が再現できる)の全車装着義務化を盛り込んで下さい。これは公正な事件捜査にも直結します。
  • ★関連して、今焦点になっている検察庁の証拠改ざん問題がありますが、私たち当事者にとって、「死人に口なし」の不公正捜査は今も無くなっていないという認識です。公正捜査のため、実況見分調書など交通事故調書や鑑定報告書を、当事者の求めに応じ、送検以前の捜査過程の早期に開示することがどうしても必要です。この切実な課題も明記して下さい。以上の要望内容は、「このような措置が執られていれば、私たちのような悲劇は無かった」と、11年前の発足以来掲げている痛切な願いです。どうぞよろしくお願いします。

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