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「交通事故は本当に減っているのか?」(加藤久道著 花伝社)刊行に励まされ

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 「交通事故は本当に減っているのか?」という衝撃的標題の本が刊行されました。副題には「『20年間で半減した』成果の真相」とありますが、私は一読して、麻痺した「クルマ優先社会」を改めるために一石を投じた重要な書である(にしなければならない)と思いました。

「隠れ人身事故」の増加を指摘

 著者の加藤久道氏は、警察庁統計の「負傷者数」と、損害保険料率算出機構(以下「損保機構」)の「傷害件数」(注)との差異(乖離)が、2007年以降顕著となり、2018年には0.48(約半分)にもなっていることを指摘しています。
 そして、この要因として、「本来、人身事故として取り扱われるべき事故が、物件事故として取り扱われる、いわゆる『隠れ人身事故』の増加が原因」(p183)ではないかと考察しているのです。

グラフで見る乖離の実態

 私は加藤氏の指摘を踏まえ、改めて警察庁と損保機構、二つの統計をグラフにしてみました。

図1 死者数および負傷者数の推移

図1 死者数および負傷者数の推移

 

図2 負傷者数の「乖離」数推移(④傷害件数-③負傷者数)

図2 負傷者数の「乖離」数推移
傷害件数-負傷者数)

※図のの数は、警察庁交通局の「交通事故発生状況の推移」(「令和元年中の交通事故発生状況」p2)
※図のの数は、損害保険料率算出機構の「自賠責保険収支の推移」(「自賠責保険の概況」p90・91)

注:「自賠責保険支払件数の傷害件数」とは
 2019年版「自動車保険の概況」(損害保険料率算出 機構 p23、ネット検索可、※グラフの数値はp90・91)には次の説明があります。
「人身事故だけでなく物件事故として警察に届出がなされたものなどを含め、保険金を支払った件数を集計」
「事故当時、ケガの自覚賞状がなかった場合や、ケガが軽微であった場合には、人身事故として警察に届出を行わないまま、その後、ケガの治療を行うことがあります。このようなケースでも、医師による診断書の提出により、事故とケガの発生に因果関係が確認された場合には、自賠責保険の保険金が支払われます。」

 図1から分かることは、死者数()は整合していますが、「(警察庁)負傷者数」と「(損保機構)傷害件数」の乖離()は、2007年度に0.89であったものが2019年度には0.46にまで拡大していることです。この乖離数の年ごとの推移を示す図2から、乖離拡大の異常な大きさと速さも見て取れます。

行政の「成果主義」が、危険なクルマ社会の実相を隠す?

 加藤氏は本書で、2007年からの乖離の問題に焦点を当て調査分析されました。結果、氏は、(5年ごと作成の内閣府所管)交通安全基本計画において、第7次計画(2001~05年度)までの目標値は死者数だけであったが、第8次計画(2006~10年度)以降、負傷者数の目標値が設定されたことにより、行政の「成果主義」の中で、人身事故であるのに物損事故とカウントする「扱い」が次第に増加したのではないかと、次のように分析しています。

 「2007年から自賠責保険請求において、物件事故扱事案すなわち『隠れ人身事故』が顕著となり、以降増加しているものと思われる。」(p151)。

 そして、最終章の第4章6では、「交通事故統計と交通事故の実態が相違する弊害」(p179~182)として

  • (1)交通安全に関する危機意識低下の懸念
  • (2)正確な交通事故統計の欠如
  • (3)遵法意識の低下

の3点を指摘し、こうまとめています。

 「社会の秩序は、法を守り、社会規範を尊重することによって成り立つ。交通事故を起こした加害者の約50%(あるいはそれ以上)の者が、取扱いの違いによって処分を免れているといえる現状は、法秩序への信頼を失わせ、遵法意識を低下させることになると考える」(p182)

 首肯できます。私は、特にここ20年の「死者数」の有意な減少は、危険運転罪の新設や飲酒運転厳罰化などの処罰法改正による悪質無謀運転の減少とシートベルト装着義務化などによる運転者と同乗者の死亡数減にあると思います。
 一方で、未だにクルマが結果として凶器となっていることへの社会の認識は薄く、「事故だから、仕方ない」「やる気でやったわけでないから罪は軽く」「賠償すれば済む」などという麻痺は根深くはびこっています。結果として、今も社会が絶対に護るべき、歩行者、自転車の被害割合が減っていないことは、何度も指摘しているところです。私たち北海道交通事故被害者の会(現在の被害会員は118家族)には、最近も、かけがえのない家族を奪われ、又は自身や家族が傷つけられ、悲嘆と社会不信に苛まれている入会者が相次いでおり、会報手記にも悲痛の訴えが続きます。
(会報は北海道交通事故被害者の会のページから読めます)

根拠の無い楽観論に陥ることなく、抜本施策を総合的に

 加藤氏は、本書の中(p178)で、北海道の会(前田)の2015年の公聴会での発言を紹介下さるなど、被害根絶への思いを代弁下さっています。会に届けられた著者からのお手紙にも、

「交通事故発生件数は20年前に比べて約半分以下になったとされ」「(国民は)より安全になったと考え、日々の危機意識が薄らぎ自分は大丈夫と交通安全の意識が低下していないでしょうか」「国民に正しい情報を提供し、正しい認識に基づく適切な行動がとれることを願って本書を起稿いたしました」

との言葉が添えられていました。
 私も、根拠のない楽観論が中学生や高校生にも及んでいることを実感させられたことがありました。昨年の「命の大切さを学ぶ教室」の講話後感想文に記された次の一文(要旨)です。

 「事故件数の最近10年の減り方が続けば、15年後にはゼロに近づく。簡単ではないが、自動運転の進歩もある。厳罰化は必要なのだろうか。」

 私は「遺された親からのメッセージ」として、交通死傷被害は「減らせばよい」ではなく「決してあってはならない」ものであること、そのために、現在の刑罰の軽さを改め、わき見などの重大過失は「命の尊厳」と「結果責任」から厳格に裁くべきであると訴え続けていますが、大人が作った麻痺により楽観論に陥り、自動運転車への幻想などで、「交通犯罪」という捉えが出来ない若者がいます。

クルマを凶器とさせない社会をめざし

 この乖離の問題については、私たち北海道の会でも、2019年5月の学習会で、青野渉弁護士から、次のように教示も受けておりました。

「警察庁の統計では、『負傷者数』は最近10年で激減していることになるが、実際には、激減しているわけではない。警察において、明らかな重傷事案にもかかわらず、人身事故として扱っていないケースが相当数にのぼる。近時の激減傾向は、一方当事者が怪我をしていても人身事故として扱わない件数が増えていることを示しているものと思われる。」

 ですので、北海道の会では、昨年12月10日の第11次交通安全基本計画中間案に対する公聴会後に知った加藤氏の書籍刊行を受け、急遽、当初予定していなかったパブリックコメントに、以下を追加意見として提出したところです。

中間案p9の「令和元年中の死傷者数は464,990人」との警察庁統計の記述は、被害の甚大さと深刻さを覆い隠します。現状分析を正確にし有効な対策を練るという、本計画の根幹に関わりますので、負傷者数は、損保料率機構の「自賠責傷害件数」を用いるべきと考えます。計画の理念と施策の根幹に関わりますので、現状認識を正確にするために、負傷者数は、損保料率機構の「自賠責傷害件数」を用いるべきと考えます。「損保料率算出機構統計集 2019年度」による同年の傷害件数は1,006,272件であり、警察庁統計の負傷者数461,775人との乖離率は0.46にも達するからです。本意見を加え、先の公聴会での当会意見の反映を切に願います。

 本書の刊行を励みにして、(本来当たり前であるはずの)命の尊厳が貫かれ、「道具」であるべきクルマを「凶器」とさせない、交通死傷ゼロの社会を求めて、訴えを続けます。

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