ロードキルが原因の交通事故をめぐる国家賠償裁判例を通して、
高校生が学んだ野生生物と交通の課題
Conflicts between Wild Animals and Road Traffic-What Students Learned through a Precedent on Compensation by National Government over a Fatal Traffic Crash Caused by a Road Kill
前田敏章
Toshiaki MAEDA
スローライフ交通教育の会
Institute of Traffic and Transportation Education for Slowlife
1.はじめに
ロードキルとは、野生生物などの個体が道路を横断する際に車両に衝突して死亡することであるが、野生生物と交通の重要課題の一つがロードキル対策である。佐伯緑他も「野生生物のための道路整備における基本理念」として「(1)ロードキルの防止、(2)移動障害の低減、(3)移動経路および生息地としての質の向上」を提案。ロードキル対策を第1に挙げている。[1]
このロードキルが原因の交通事故死に対する道路管理者の責任を問う重要な司法判断があった。2001年10月8日、道央の高速道路で発生したキツネの飛び出しが原因の交通死亡事故(以下「本件事故」)について、当時これを管理していた日本道路公団(現東日本高速道路株式会社、以下「旧道路公団」)の管理責任を問われた裁判(以下「ロードキル裁判」)で、最高裁判所第三小法廷は2010年3月2日、旧道路公団に責任は無いとする判決を下したのである。
筆者は当時、道央圏の高等学校で理科を担当していたが、生物と理科総合の授業でこの「ロードキル裁判」を教材化し、生徒がリアルタイムで野生生物と交通の課題を学ぶ特別授業を実施した。野生生物との共存という視点で、スピード幻想に取り憑かれたクルマ社会を捉え直して欲しいと考えたからである。「人も動物も殺してはならない」という被害遺族の叫びに応える課題提起と合わせて報告する。
なお、筆者がこの裁判に関心を持ち授業実践を構想した理由は、次の二つである。
一つは、私事であるが筆者の長女は16年前に前方不注視のクルマに轢かれ17歳で交通死している。以来、遺された親として、娘の犠牲を無にしないため、クルマの効率的通行を優先する人命軽視の「クルマ優先社会」を見直し、交通死傷被害を生まない社会を創るために、北海道交通事故被害者の会の活動などを行っているが、その中で本件事故の遺族との出会いがあり、裁判等の諸取り組みを支援してきたという経緯である。[2]
もう一つは、やはり娘の事件後、クルマ優先社会を問う中で、これまでの学校教育における交通教育のあり方に課題意識を持って「スローライフ交通教育の会」を発足させ、生命尊重のくらし方と結合した交通社会と交通教育の創造をめざし活動を進めてきたことである。[3]本稿の授業実践以前にも総合的学習の時間に「クルマ社会を考える」という3時間のテーマ学習を実践していた。
2 ロードキル裁判の概要
(1)事故の概要
ロードキル裁判で問われた事故は、2006年の「野生生物と交通」第5回研究発表会で、小川 巌が「キツネが原因の高速道路における人身事故死の事例と侵入防止対策」というテーマで報告[4]した事故例である。小川 巌は、遺族の必死の取り組みを受け、「北海道における高速道の動物侵入防止柵は、そのほとんどがエゾシカ対策を意図したものであって、キツネやタヌキなどのように地中に穴を掘って侵入するタイプの動物に対しては無力と言える」と核心を衝き、「動物、人間双方を死なせないために、特に高速道路では、徹底したキツネ侵入防止柵の開発と設置が急務である」と結んでいた。
事実関係の概要を、最高裁が2010年3月に確定した判決文[5]から以下引用する。なお、文中Aは被害者の高橋真理子さん(当時34歳)である。
「(1)Aは、平成13年10月8日午後7時51分ころ、北海道苫小牧市字糸井282番地74付近の高速自動車国道である北海道縦貫自動車道函館名寄線において、普通乗用自動車(以下「A車」という)を運転して走行中、約100m前方の中央分離帯付近から飛び出してきたキツネとの衝突を避けようとして急激にハンドルを切り、その結果、A車は、横滑りして中央分離帯に衝突し、車道上に停止した(以下、この事故を「本件事故」といい、上記自動車道のうち本件事故現場付近の部分を「本件道路」という)。そして、同日午後7時53分ころ、車道上に停車中のA車に後続車が衝突し、Aは、これにより頭蓋底輪状骨折等の傷害を負い、そのころ死亡した。
(2)本件事故現場は、北海道苫小牧市の郊外であり、上記自動車道の苫小牧西インターチェンジと苫小牧東インターチェンジとの間の区間(以下「本件区間」という)にある。本件事故現場の周囲は原野であり、本件道路は、ほぼ直線で、見通しを妨げるものはなかった。
本件区間においては、道路に侵入したキツネが走行中の自動車に接触して死ぬ事故が、平成11年は25件、平成12年は34件、平成13年は本件事故日である同年10月8日時点で46件発生していた。また、上記自動車道の別の区間で、道路に侵入したキツネとの衝突を避けようとした自動車が中央分離帯に衝突しその運転者が死亡する事故が、平成6年に1件発生していた。
(3)本件道路には、動物注意の標識が設置されており、また、動物の道路への侵入を防止するため、有刺鉄線の柵と金網の柵が設置されていた。有刺鉄線の柵には鉄線相互間に20㎝の間隔があり、金網の柵と地面との間には約10㎝の透き間があった。日本道路公団が平成元年に発行した「高速道路と野生生物」と題する資料には、キツネ等の小動物の侵入を防止するための対策として、金網の柵に変更した上、柵と地面との透き間を無くし、動物が地面を掘って侵入しないように地面にコンクリートを敷くことが示されていた。」
(2)遺族の願いと裁判の経過
遺された両親(高橋雅志・利子夫妻)は、刑事・民事と続く長期の取り組みについて「“動物ならひき殺せ”に疑問符をもって起した訴訟であり、いつも亡き娘の“人間の命も野生動物の命も守って”という声を聴きながら裁判を闘ってきた。このことは道路管理者の意識改革があればできる」と、その切なる思いを2007年9月作成の署名依頼文書に記している。
裁判と遺族の取り組み(括弧内)経過を略記するが、直接の死亡原因となった加害運転者の刑事裁判が、起訴まで1年6月、判決までにはさらに1年5月を要している。遺族は、悲嘆に暮れながらも、真相究明と公正な裁きに自ら奔走しなければならなかったのである。
- 2001年10月8日 事故発生
- 2003年3月31日 加害運転者起訴(目撃証言を求める意見広告・チラシ配布、告訴状・上申書・要請署名)
- 2004年8月23日 札幌地裁判決(上申書)
- 2004年9月 旧道路公団に対し国家賠償法2条に基づき、損害賠償請求裁判を提起。
- 2007年7月13日 札幌地裁は請求を棄却。原告控訴。
- 2008年4月18日 札幌高裁は旧道路公団の瑕疵を認定する逆転判決。(要請署名) 旧道路公団は上告。
- 2010年1月26日 最高裁第三小法廷にて審理、結審■ 2010年3月2日 最高裁判決(要請はがき)
(3)裁判の争点
事故から約3年を要した刑事裁判で、真理子さんを直接死に至らしめた後続車の運転者は裁かれた。しかし遺族は「人間の命も野生動物の命も守って」という亡き娘さんの「声」に応えるためには、事故を教訓にロードキル対策を万全にすること以外にないと考え、困難とされる国家賠償裁判を提起するに至る。
代理人である青野涉弁護士や野生生物と交通の研究者の協力を得て明らかにされた裁判での争点(原告の主張点)は以下の3点である。
①国家賠償法2条1項の趣旨は、営造物(道路)の設置や管理の瑕疵は、設置者の行為の違法性や過失は問わず、客観的な「状態」によって判断されるものであり、当時の現場はフェンスの形状などからキツネが自由に出入りできる「状態」で、ロードキルが多発し、それによる本件以外の死亡事故も起きていたのであるから「営造物が他人に危害を及ぼす危険性のある状態であった」ことは明白である。
②旧道路公団は、事故の12年前に「高速道路と野生生物」という公団内部の研究資料で、キツネのように地面を掘る動物の侵入を防ぐ有効対策として下部のコンクリート化の必要性を把握していながら、その後の改修工事の際にもこの資料は活かされなかったのであり、予見可能性、結果回避可能性があったのであるから、瑕疵は明白である。
③河川等の「自然公物」ではなく、高速道路のようにゼロから作り上げた「人工公物」に求められる安全性は、より高度なものが求められるのであって、全国的に標準化されていないとか予算上の制約では免責されない。
(4)高裁での画期的逆転裁決
しかし2007年、一審の札幌地裁は原告の訴えを認めず請求棄却。遺族は直ちに札幌高裁へ控訴。2度目の署名要請(9,493筆)も行う。
そして、2008年4月18日、札幌高裁は高橋さんの主張を認める画期的裁決を下す。判決の要旨は以下である。
「高速道路は、法定の最高速度が時速100kmの最高規格の自動車専用道路であり、キツネが容易に侵入できる状態は、動物注意の標識設置があっても、“通常有すべき安全性”を欠いていること、および、既に有効な侵入防止対策が示されていたのであるから、本件道路には設置又は管理の瑕疵があったというべきである」[6]
この判決はメディアも注目し、北海道新聞は2008年4月19日の1面で「道央道でキツネ避け事故死 旧公団の過失認定 防止策が不十分」と画期的判断を報じた。図-1は同紙35面の記事である。
しかし、旧道路公団側は上告。判断は最高裁に委ねられることになる。
図-1 北海道新聞2008年4月19日
(5)最高裁は原審破棄
最高裁が上告を棄却せず、審理が開かれる(=原審の見直しの可能性有り)ことが明らかになった頃、またしても動物の飛び出しが原因の悲報が伝えられた。見出しは「道央道で横転1人死亡1人重体、『動物避けた』、千歳の道央自動車道」(北海道新聞2009年12月14日)であり、概要は、12月13日午前2時5分発生、現場は高橋真理子さんの事故現場から20kmほど離れた箇所、自動車が横転し7名が死傷したという事件である。
犠牲をくり返して欲しくないと必死で取り組む遺族の願いに反する悲劇。「生命尊重」という文言には誰一人異を唱えることはないのに、人命軽視のクルマ優先社会を追認するかのような司法判断がなされようとしている事態に、手をこまねいていてはならないと考えた。ロードキルとクルマ社会の問題を広く世論に訴え、万全な対策を早期にと願い、高橋さんと相談し緊急に提起したのが最高裁へのはがき要請運動である。要請主旨は「高速道路でのロードキル対策を怠り、高橋真理子さん死亡交通事故の原因となった旧道路公団の管理責任を明確にした札幌高裁判決を支持し、不当な旧道路公団の上告棄却を求める」とし、上告が棄却されるべき理由(前述2-(3)の主張点)を記したはがき投函運動をメールやインターネット等で呼びかけた。これには道外からも協力が相次ぎ、約3週間の短期間ながら、最高裁へ届けられたはがきの枚数は把握できただけで2,438枚に達した。
しかし最高裁第三小法廷(裁判長裁判官藤田宙靖)は、2010年3月2日、「原判決中、上告人敗訴部分を破棄する」という判決を下した。判決文は破棄の「理由」を要旨次のように述べている。[5]
- ⅰ)キツネ等の小動物の侵入があったとしても、自動車の死傷事故発生の危険性は高いものではなく、適切な運転操作での回避を期待できる。
- ⅱ)キツネ等への「本件資料に示されていたような対策」が、全国的に広く採られてはいない。
- ⅲ)上記対策を講ずるには多額の費用を要するし、動物注意の標識は運転者への適切な注意喚起である。
この判決と判決理由は、全て是認し難い内容であるが、判決理由(ⅰ)の問題点について、代理人の青野涉弁護士は次のように報告した。
「キツネ等の中小動物に驚いて運転操作を誤る事故は多数発生しており、提訴時に、過去10年ほどの北海道内の交通事故の新聞記事を調べてみましたが、キツネが原因の死亡事故は10件ほど発生していました。(表1)これらの重大事故に共通するのは、夜間の事故であることと、高速走行をしていたことです。時速100㎞/hで走行中に自車のライトの照射範囲に突然キツネが現れた場合、瞬時にそれが何であるか判断して、適切な運転操作をすることは簡単ではありません。突然の事態に驚いて、ハンドルやブレーキ操作を誤り、事故につながる危険はかなり高いといえます。そして、いったん事故が起きれば、高速走行中である以上、重大事故になります」[7]
表-1 キツネが人身事故の原因となった事例 [4]
3.特別授業「ロードキル裁判」の実践
最高裁での判決に向けてはがき要請運動をとりくむ中、担当する理科授業でこのテーマを扱うことはできないかと検討した。総合的学習の時間での「クルマ社会を考える」というテーマ学習との関連もあったが、重要な司法判断がされようとしているロードキル裁判をリアルタイムで学ぶ意義、および本件事故現場は生徒が通う学校所在地から30kmほどの身近な事例ということも考慮した。
(1)授業の概要
-
対象クラス
-
北海道千歳高等学校定時制2学年20名、および3学年15名
-
教科、単元、実施日
-
2年「生物Ⅰ」、環境と生物、2010年2月22日
3年「理科総合」、特別授業、2010年2月24日
-
テーマ
-
ロードキル裁判~人も動物も殺してはならない~
-
目的
-
(ⅰ)生命尊重、野生生物との共生という視点から、具体例として、ロードキルの現状と課題について学ぶ。
(ⅱ) 被害遺族のとりくみから浮き彫りになった野生生物と道路建設・交通の課題、そしてその背景にあるクルマ社会の問題について主体的に学ぶ。
(2)授業の展開
授業は、資料プリントを配布し、写真図版を含む約40枚のスライドによって提示、発問、討議、説明という形で約45分行った。次時にレポート記入。後日、最高裁での判決についての報告も行った。
①導入:運転中に動物が飛び出したときの行動
最初に、前出2009年12月13日道央道での事故例を示し、運転していてキツネが道路に飛び出したら、自分ならどうするかについて、二つの選択肢「(A)動物には可哀想だが、ハンドル操作で避けようとするのは危険すぎるので、中小の動物なら轢いてしまうと思う。事故に遭った人は不運だが、運転操作が悪かったと思う。(B)動物を避けようと、とっさに、ハンドルを切ってしまうと思う」から挙手を求めた。
続けて、高速道路の安全問題について「(C)高速道路では動物の飛び出しにハンドル操作で避けることは出来ないから、道路に動物が侵入しないように対策をすべき(D)一般道も含め全ての道路に野生動物の侵入を防ぐのは無理だから、犠牲者には気の毒だがこの事故も仕方のない事故。動物も人も殺すなというのは無理だと思う」のどちらに近いか質問。生徒の反応はBとCが多数であったが、およそ3割の生徒はA、Dに手を挙げた。
②本件事故とロードキルの説明
③裁判での争点
高橋さんの取り組みと裁判の経過を説明する中で、前記2-(3)の争点について、フェンスは本件事故後行われた改修でも改善はされていないこと(図3)や、本件事故の12年前(1989年)の日本道路公団資料「高速道路と野生動物-人と動物の共存を目指してー」[8]から図4を示し、「接地面の土がやわらかいと、掘ってくぐり抜けてしまうのでコンクリート化が必要である」との説明が付してあったことなどを強調した。
図-2 改修前の侵入防止柵[4]
図-3 改修後の現場の柵 [4]
図-4 日本道路公団が示していた防止柵[8]
④まとめ
次の発問を課題提起として行った。「高速道路では動物の侵入を完全に防ぐ対策が採られるべきである。しかし、国道や道道など一般道において侵入防止柵をめぐらすことは不可能である。ではどうすれば良いのか」。
筆者が提案したのは、動物が飛び出しても、なおかつ衝突を避けることができる安全な速度での走行である。これは、小川巌が「スピードがそれほど速くなければ、動物は車を難なくかわせるのに、ある速度以上になると、難しくなる」[9]と述べていることに着目したものである。
最後に最高裁での判断が迫るなか、はがき要請運動の主旨も紹介したが、授業後に協力を申し出て家族分のはがきを受け取っていく生徒も多かった。
⑤レポートを作成し生徒の意見を最高裁へ
次時の生物授業の冒頭、最高裁判所裁判官宛意見と高橋さんへの励ましのレポート「ロードキル裁判~人も動物も殺してはならない~の授業を受けて」を作成。意見は判決日が迫った2月25日に「本事案に関しての生徒の意見を聞いて下さい」という文書を付して最高裁判所第三小法廷裁判長裁判官宛送付した。
(3)生徒が学んだ野生生物と交通の課題
この授業から生徒が学んだものは、提出された18枚のレポートから次の2点にまとめられる。(ⅰ)ロードキルの実態と課題について知り、野生生物と人間との共生にとって、道路交通の問題は身近で重要な課題であるとの認識を新たにした。(ⅱ)命の尊厳を基底に、クルマ優先社会の問題を具体的に捉えることが出来た。
以下に、レポートからの抜粋を示すが、定時制は働きながら学ぶ生徒が多く、年齢層にも幅があり免許取得者もいるので、しっかりした感想意見が多い。
- 今から7年前に運送会社に入社して弁当の配送業務をしており、千歳から室蘭に毎日弁当を運んでいました。ちょうど白老のあたりを通るたびに猫やキツネ、犬など車にひかれて死んでいるのをみました。最初の頃はかわいそうだと思い、心が痛いのを感じましたが、仕事をしていくうちに“しょうがない、飛び出てくる動物が悪い”と思うようになりました。しかしこれからは違うと思います。なぜならロードキルについて前田先生が多くの事を教えてくれたからです。そしてロードキルに対して人生や信念を貫き通してたたかっている高橋さんのことを聞いたからです。高橋さん、裁判に勝って下さい。この裁判は、人の「博愛」と「慈愛」を人がとりもどすためのたたかいです。【男子30歳】
- もし私が現場に居た本人だったら、反射的にキツネをよけると思います。ネコが飛び出しても、ひかずに当然よけます。それは人間だったらあたりまえで、「動物だったら轢いてしまえ」というのはおかしい。侵入防止対策をなぜ無視したのか。もし自分の家族や身内がそうなったらと考えたら誰もがそう思うだろう。無駄な部分に税金を使うなら、一人でも命を救って欲しい。【女子】
- 自分はロードキルがどのようなものか知りませんでした。前に5回くらい道路のまん中に動物の死がいを見たことがあります。人が、動物を、生きてる命をひいていいわけがないと、自分は思います。【男子】
- 己の利益ばかり考えるのは如何なものか。人の勝手で殺して良いのか。人間は偉くなんかない。二度とこのような事が起こらない様に、旧日本道路公団側は責任をとるべきだと思いました。【女子】
- 人が造った道路で、人はもちろん、動物も殺してはいけないと思います。上告を棄却しなければ「自分の命を守るためなら動物も殺してかまわない」ととると思います。それはあまりに人間勝手ではないでしょうか。人間が造る道路なら人間が責任をもつべきです。【女子】
- 法律がわからない私でもわかったことがあります。人なら、何かを守ろうとか助けようとか思うのが“普通”ではないですか。動物だから、人だからは関係ない。同じ尊い命。もし私だったら、もちろん高橋さんと同じ行動をとっていたと思います。【女子】
- 最高裁までいくこと自体がおかしい。責任のがれとか汚いです。死者がでているというのに、弁護士をつけるお金が在るなら工事に回すべきです。【女子】
- 道路の安全性を変えることはもちろん、自動車の安全性にも今まで以上に向き合うべきだと思う。一般道で出せるスピードは最高でも60km/hという決まりがあるのに、自動車はそれよりもはるかに速いスピードを出せるように出来ているのでは、つじつまが合わない気がする。命ってたくさん在るけど、その命はひとつしかない。このテーマについてなんとなく考えるのではなくて、時間をかけて正しいことを出して欲しい。【女子】
4.提案 ~まとめにかえて~
(1)ロードキル問題の抜本対策に必要な速度制限見直し
司法判断によって動物侵入防止対策の推進を後押しするということは出来なかったが、ロードキルの現状は深刻である。本件現場のように有効な侵入防止柵への改善がなされないので、道内における高速道路のロードキル件数は、提訴時には年平均1,800件と言われたが、民営化後も4年間の平均1,928件と増加傾向にある(表3)。また最近も、「道東を中心にエゾシカの衝突事故発生件数が年々増加している」(北海道新聞2010年12月4日)と報道されたように、課題はより深刻化している。
表-3 民営化後の道内高速道路のロードキル[10]
ロードキルとロードキルが原因の交通事故を防ぐための対策として、既に指摘されているように、元々あった動物の通り道を復元するという理念で「エコロード」と呼ばれるオーバーブリッジやアンダーパスによる横断経路の確保、そして道路への侵入防止対策が不可欠である。特に高速道路においては侵入防止柵を万全にすることが急務であり、具体的には、キツネなど地面を掘る習性のある中小動物対策のために鉄板を地中に埋め込むなどの改善[4]が早期に求められる。
筆者は、これらに加えて、速度制限の見直しが必要と考える。動物の飛び出しによる交通事故対策として、ロードキルの多発地帯や時期などの情報をドライバーに与え注意を促すこともあげられるが、高速走行では人の反応時間の限界や運転視野が狭くなることなどにより、突然の動物の飛び出しに衝突回避は不可能である。夜間ではなおさらであって、注意看板は低速(例えば時速40キロ以下)での走行という条件でのみ有効な対策である。
例えば濃霧や吹雪による視界不良時に速度制限をするように、ロードキルや動物出現情報があった区間は、動物の飛び出しが原因の交通事故を起こさせない安全な速度~例えば高速道路においては時速60キロ、一般道路においてはさらに低速~に制限することが肝要である。動物の習性から時間帯の特徴が顕著であれば夜間のみの制限という検討もあるだろう。運転する人もそして動物も衝突を避けられる速度設定を徹底しなければならない。
なお、ロードキル防止対策として、制限速度に言及した研究報告は寡少と思われる。筆者が見聞した報告例に、米国アイオワ州でシカの横断が原因で死亡した原告側が幹線道路の夜間の走行速度を低速に制限することを怠った過失も含め州に訴えた判例がある[11]が、この速度問題が司法の場でどのように裁決されたのかという記述はない。
(2)クルマ社会を見直し、脱スピードへの意識改革を
ロードキル対策に肝腎な速度制限が関係者の間でも課題にされてこなかったのは何故か。筆者はこれも現在のクルマ優先社会とそれを支えるスピード幻想社会にその因があると考える。「人も動物も殺してはならない」という野生生物と交通の課題解決には、行政関係者をはじめ社会全体がクルマ優先を脱する意識改革が必要である。
政府は現在「交通の安全に関する総合的かつ長期的な施策の大綱」としての、第9次交通安全基本計画を検討中である。その中間案の中でも「道路交通事故による経済的損失」として「(非金銭的)死亡損失23,300億円、(医療費、慰謝料、逸失利益等の金銭的)人的損失14,840億円」などという数値を出しているように、命を経済的損失と論じる悪しき功利主義を背景に生命尊重を冒涜する「クルマ優先社会」が形成されている。人の安全や環境保全という課題に馴染むべくもない筈の「費用対効果」という概念が常用されているのである。
日本における「野生生物と交通」の諸課題への対策の不備を、中島敦司は「スイスにおける人と自然に優しい“近自然道づくり”」[12]の中で次の様に指摘している。「(スイスは)国中が開発の影響を受ける可能性のあることを前提に、日ごろから国中の自然環境の調査を実施しているのである。日本の場合、計画が先にあって、それから対象地とそれに極めて近傍とも言わざるを得ない「周辺」のアセスが行われるに止まっていることが大半」。さらに中島敦司は同じ報告の中で、スイスのアウトバーンを移動した時に、幅約100mの「エコブリッジ」(スイスでは概ね50m幅が基本)を見て、最大でも20m程度の日本との差を実感したとも述べている。
(3)野生生物と交通の課題を学校教育で
教育基本法の定める教育の目的は「人格の完成」であり、命の教育はその重要な要素である。学習指導要領の生物分野の目標にも、「生命を尊重する態度を育て」(小学校)、「自然と人間のかかわり方について認識を深め」(中学校)、「生態系の保全の重要性を認識すること。人間の活動によって生態系が攪乱され、生物の多様性が損なわれることがあることを扱うこと」(高等学校)などと位置づけられている。[13]
にもかかわらず、“動物ならひき殺せ”と行政関係者に言わせる社会の反教育性は問題である。生命尊重を育む社会をつくるために、学校教育においても「野生生物と交通」の現状と課題を具体例で学ぶ必要がある。理科や生物の教科および道徳や総合的学習の時間のテーマとしてとりあげ、命の教育を中核に、生態系の保全や人間活動と環境という課題と結合させる授業実践を提案する。[表4]その際、高橋真理子さんの遺族が取り組んだロードキル裁判の具体例は重要な教材例と考える。
表-4 学校教育での「野生生物と交通」のテーマと位置づけ例
総合:総合的学習の時間
5.おわりに
筆者は2010年秋に開催された第9次交通安全基本計画中間案に関する公聴会に公述人として意見発表する機会を得たので、真に生命尊重を貫いた計画へとパラダイムの転換を主張するとともに、その項目すら設けられていないロードキル対策を計画に位置づけるよう提言した。
裁判で直接問われたのは旧道路公団の管理責任であるが、真に問われているのは、遺されたご両親が亡き真理子さんに代わって訴えた「人も動物も殺してはならない」を行政や社会がどう聴くのかということである。
瑞々しい感性の高校生はこの真理子さんの願いを真摯に聴き、確かな学習をした。ロードキル裁判で問われた課題の解決は今後の各方面の取り組み努力にかかっている。
参考文献
[1] 佐伯緑・飯塚康雄・内山拓也・松江正彦、2005、マイナスからプラスへ ~野生生物のための積極的な道路整備、第4回 野生生物と交通:41-48
[2] 前田敏章、HP「交通死、遺された親の叫び」:https://remember-chihiro.info/
[3] 前田敏章、2008、スローライフ交通教育の意義と教育現場での実践事例、交通権25号:73-87、交通権学会
[4] 小川 巌、2006、キツネが原因の高速道路における人身事故死の事例と侵入防止対策、第5回 野生生物と交通:5-10
[5] 最高裁判所第三小法廷、平成22年(受)第1418号判決、平成22年3月2日
[6] 札幌高裁、平成19年(ネ)第247号損害賠償請求控訴事件判決、平成20年4月18日
[7] 北海道交通事故被害者の会、2010、会報33号:4-5 [8] 道路建設における野生動物等対策調査委員会、1989、高速道路と野生動物-人と動物の共存を目指して-:42 日本道路公団
[9] 北海道新聞1996年4月8日「生きもの生活白書」
[10] NEXCO東日本お客さまセンター 2010年12月
[11] 山本千雅子・岸邦宏・佐藤馨一、ロードキルに起因する交通事故の道路管理者責任についての海外判例に関す研究、http://www.gradus.net
[12] 中島敦司、スイスにおける人と自然に優しい「近自然道づくり」
[13] 小学校・中学校・高等学校学習指導要領、2008~2009、文部科学省
論考・発言 一覧へ戻る▸▸▸
論考・発言
【8】2011/2 ロードキルが原因の交通事故をめぐる国家賠償裁判例を通して、生徒が学んだ野生生物と交通の課題
2011年2月25日
ロードキルが原因の交通事故をめぐる国家賠償裁判例を通して、
高校生が学んだ野生生物と交通の課題
Conflicts between Wild Animals and Road Traffic-What Students Learned through a Precedent on Compensation by National Government over a Fatal Traffic Crash Caused by a Road Kill
前田敏章
Toshiaki MAEDA
スローライフ交通教育の会
Institute of Traffic and Transportation Education for Slowlife
1.はじめに
ロードキルとは、野生生物などの個体が道路を横断する際に車両に衝突して死亡することであるが、野生生物と交通の重要課題の一つがロードキル対策である。佐伯緑他も「野生生物のための道路整備における基本理念」として「(1)ロードキルの防止、(2)移動障害の低減、(3)移動経路および生息地としての質の向上」を提案。ロードキル対策を第1に挙げている。[1]
このロードキルが原因の交通事故死に対する道路管理者の責任を問う重要な司法判断があった。2001年10月8日、道央の高速道路で発生したキツネの飛び出しが原因の交通死亡事故(以下「本件事故」)について、当時これを管理していた日本道路公団(現東日本高速道路株式会社、以下「旧道路公団」)の管理責任を問われた裁判(以下「ロードキル裁判」)で、最高裁判所第三小法廷は2010年3月2日、旧道路公団に責任は無いとする判決を下したのである。
筆者は当時、道央圏の高等学校で理科を担当していたが、生物と理科総合の授業でこの「ロードキル裁判」を教材化し、生徒がリアルタイムで野生生物と交通の課題を学ぶ特別授業を実施した。野生生物との共存という視点で、スピード幻想に取り憑かれたクルマ社会を捉え直して欲しいと考えたからである。「人も動物も殺してはならない」という被害遺族の叫びに応える課題提起と合わせて報告する。
なお、筆者がこの裁判に関心を持ち授業実践を構想した理由は、次の二つである。
一つは、私事であるが筆者の長女は16年前に前方不注視のクルマに轢かれ17歳で交通死している。以来、遺された親として、娘の犠牲を無にしないため、クルマの効率的通行を優先する人命軽視の「クルマ優先社会」を見直し、交通死傷被害を生まない社会を創るために、北海道交通事故被害者の会の活動などを行っているが、その中で本件事故の遺族との出会いがあり、裁判等の諸取り組みを支援してきたという経緯である。[2]
もう一つは、やはり娘の事件後、クルマ優先社会を問う中で、これまでの学校教育における交通教育のあり方に課題意識を持って「スローライフ交通教育の会」を発足させ、生命尊重のくらし方と結合した交通社会と交通教育の創造をめざし活動を進めてきたことである。[3]本稿の授業実践以前にも総合的学習の時間に「クルマ社会を考える」という3時間のテーマ学習を実践していた。
2 ロードキル裁判の概要
(1)事故の概要
ロードキル裁判で問われた事故は、2006年の「野生生物と交通」第5回研究発表会で、小川 巌が「キツネが原因の高速道路における人身事故死の事例と侵入防止対策」というテーマで報告[4]した事故例である。小川 巌は、遺族の必死の取り組みを受け、「北海道における高速道の動物侵入防止柵は、そのほとんどがエゾシカ対策を意図したものであって、キツネやタヌキなどのように地中に穴を掘って侵入するタイプの動物に対しては無力と言える」と核心を衝き、「動物、人間双方を死なせないために、特に高速道路では、徹底したキツネ侵入防止柵の開発と設置が急務である」と結んでいた。
事実関係の概要を、最高裁が2010年3月に確定した判決文[5]から以下引用する。なお、文中Aは被害者の高橋真理子さん(当時34歳)である。
「(1)Aは、平成13年10月8日午後7時51分ころ、北海道苫小牧市字糸井282番地74付近の高速自動車国道である北海道縦貫自動車道函館名寄線において、普通乗用自動車(以下「A車」という)を運転して走行中、約100m前方の中央分離帯付近から飛び出してきたキツネとの衝突を避けようとして急激にハンドルを切り、その結果、A車は、横滑りして中央分離帯に衝突し、車道上に停止した(以下、この事故を「本件事故」といい、上記自動車道のうち本件事故現場付近の部分を「本件道路」という)。そして、同日午後7時53分ころ、車道上に停車中のA車に後続車が衝突し、Aは、これにより頭蓋底輪状骨折等の傷害を負い、そのころ死亡した。
(2)本件事故現場は、北海道苫小牧市の郊外であり、上記自動車道の苫小牧西インターチェンジと苫小牧東インターチェンジとの間の区間(以下「本件区間」という)にある。本件事故現場の周囲は原野であり、本件道路は、ほぼ直線で、見通しを妨げるものはなかった。
本件区間においては、道路に侵入したキツネが走行中の自動車に接触して死ぬ事故が、平成11年は25件、平成12年は34件、平成13年は本件事故日である同年10月8日時点で46件発生していた。また、上記自動車道の別の区間で、道路に侵入したキツネとの衝突を避けようとした自動車が中央分離帯に衝突しその運転者が死亡する事故が、平成6年に1件発生していた。
(3)本件道路には、動物注意の標識が設置されており、また、動物の道路への侵入を防止するため、有刺鉄線の柵と金網の柵が設置されていた。有刺鉄線の柵には鉄線相互間に20㎝の間隔があり、金網の柵と地面との間には約10㎝の透き間があった。日本道路公団が平成元年に発行した「高速道路と野生生物」と題する資料には、キツネ等の小動物の侵入を防止するための対策として、金網の柵に変更した上、柵と地面との透き間を無くし、動物が地面を掘って侵入しないように地面にコンクリートを敷くことが示されていた。」
(2)遺族の願いと裁判の経過
遺された両親(高橋雅志・利子夫妻)は、刑事・民事と続く長期の取り組みについて「“動物ならひき殺せ”に疑問符をもって起した訴訟であり、いつも亡き娘の“人間の命も野生動物の命も守って”という声を聴きながら裁判を闘ってきた。このことは道路管理者の意識改革があればできる」と、その切なる思いを2007年9月作成の署名依頼文書に記している。
裁判と遺族の取り組み(括弧内)経過を略記するが、直接の死亡原因となった加害運転者の刑事裁判が、起訴まで1年6月、判決までにはさらに1年5月を要している。遺族は、悲嘆に暮れながらも、真相究明と公正な裁きに自ら奔走しなければならなかったのである。
(3)裁判の争点
事故から約3年を要した刑事裁判で、真理子さんを直接死に至らしめた後続車の運転者は裁かれた。しかし遺族は「人間の命も野生動物の命も守って」という亡き娘さんの「声」に応えるためには、事故を教訓にロードキル対策を万全にすること以外にないと考え、困難とされる国家賠償裁判を提起するに至る。
代理人である青野涉弁護士や野生生物と交通の研究者の協力を得て明らかにされた裁判での争点(原告の主張点)は以下の3点である。
①国家賠償法2条1項の趣旨は、営造物(道路)の設置や管理の瑕疵は、設置者の行為の違法性や過失は問わず、客観的な「状態」によって判断されるものであり、当時の現場はフェンスの形状などからキツネが自由に出入りできる「状態」で、ロードキルが多発し、それによる本件以外の死亡事故も起きていたのであるから「営造物が他人に危害を及ぼす危険性のある状態であった」ことは明白である。
②旧道路公団は、事故の12年前に「高速道路と野生生物」という公団内部の研究資料で、キツネのように地面を掘る動物の侵入を防ぐ有効対策として下部のコンクリート化の必要性を把握していながら、その後の改修工事の際にもこの資料は活かされなかったのであり、予見可能性、結果回避可能性があったのであるから、瑕疵は明白である。
③河川等の「自然公物」ではなく、高速道路のようにゼロから作り上げた「人工公物」に求められる安全性は、より高度なものが求められるのであって、全国的に標準化されていないとか予算上の制約では免責されない。
(4)高裁での画期的逆転裁決
しかし2007年、一審の札幌地裁は原告の訴えを認めず請求棄却。遺族は直ちに札幌高裁へ控訴。2度目の署名要請(9,493筆)も行う。
そして、2008年4月18日、札幌高裁は高橋さんの主張を認める画期的裁決を下す。判決の要旨は以下である。
「高速道路は、法定の最高速度が時速100kmの最高規格の自動車専用道路であり、キツネが容易に侵入できる状態は、動物注意の標識設置があっても、“通常有すべき安全性”を欠いていること、および、既に有効な侵入防止対策が示されていたのであるから、本件道路には設置又は管理の瑕疵があったというべきである」[6]
この判決はメディアも注目し、北海道新聞は2008年4月19日の1面で「道央道でキツネ避け事故死 旧公団の過失認定 防止策が不十分」と画期的判断を報じた。図-1は同紙35面の記事である。
しかし、旧道路公団側は上告。判断は最高裁に委ねられることになる。
図-1 北海道新聞2008年4月19日
(5)最高裁は原審破棄
最高裁が上告を棄却せず、審理が開かれる(=原審の見直しの可能性有り)ことが明らかになった頃、またしても動物の飛び出しが原因の悲報が伝えられた。見出しは「道央道で横転1人死亡1人重体、『動物避けた』、千歳の道央自動車道」(北海道新聞2009年12月14日)であり、概要は、12月13日午前2時5分発生、現場は高橋真理子さんの事故現場から20kmほど離れた箇所、自動車が横転し7名が死傷したという事件である。
犠牲をくり返して欲しくないと必死で取り組む遺族の願いに反する悲劇。「生命尊重」という文言には誰一人異を唱えることはないのに、人命軽視のクルマ優先社会を追認するかのような司法判断がなされようとしている事態に、手をこまねいていてはならないと考えた。ロードキルとクルマ社会の問題を広く世論に訴え、万全な対策を早期にと願い、高橋さんと相談し緊急に提起したのが最高裁へのはがき要請運動である。要請主旨は「高速道路でのロードキル対策を怠り、高橋真理子さん死亡交通事故の原因となった旧道路公団の管理責任を明確にした札幌高裁判決を支持し、不当な旧道路公団の上告棄却を求める」とし、上告が棄却されるべき理由(前述2-(3)の主張点)を記したはがき投函運動をメールやインターネット等で呼びかけた。これには道外からも協力が相次ぎ、約3週間の短期間ながら、最高裁へ届けられたはがきの枚数は把握できただけで2,438枚に達した。
しかし最高裁第三小法廷(裁判長裁判官藤田宙靖)は、2010年3月2日、「原判決中、上告人敗訴部分を破棄する」という判決を下した。判決文は破棄の「理由」を要旨次のように述べている。[5]
この判決と判決理由は、全て是認し難い内容であるが、判決理由(ⅰ)の問題点について、代理人の青野涉弁護士は次のように報告した。
「キツネ等の中小動物に驚いて運転操作を誤る事故は多数発生しており、提訴時に、過去10年ほどの北海道内の交通事故の新聞記事を調べてみましたが、キツネが原因の死亡事故は10件ほど発生していました。(表1)これらの重大事故に共通するのは、夜間の事故であることと、高速走行をしていたことです。時速100㎞/hで走行中に自車のライトの照射範囲に突然キツネが現れた場合、瞬時にそれが何であるか判断して、適切な運転操作をすることは簡単ではありません。突然の事態に驚いて、ハンドルやブレーキ操作を誤り、事故につながる危険はかなり高いといえます。そして、いったん事故が起きれば、高速走行中である以上、重大事故になります」[7]
表-1 キツネが人身事故の原因となった事例 [4]
前方不注視後続車に
3.特別授業「ロードキル裁判」の実践
最高裁での判決に向けてはがき要請運動をとりくむ中、担当する理科授業でこのテーマを扱うことはできないかと検討した。総合的学習の時間での「クルマ社会を考える」というテーマ学習との関連もあったが、重要な司法判断がされようとしているロードキル裁判をリアルタイムで学ぶ意義、および本件事故現場は生徒が通う学校所在地から30kmほどの身近な事例ということも考慮した。
(1)授業の概要
対象クラス
北海道千歳高等学校定時制2学年20名、および3学年15名
教科、単元、実施日
2年「生物Ⅰ」、環境と生物、2010年2月22日
3年「理科総合」、特別授業、2010年2月24日
テーマ
ロードキル裁判~人も動物も殺してはならない~
目的
(ⅰ)生命尊重、野生生物との共生という視点から、具体例として、ロードキルの現状と課題について学ぶ。
(ⅱ) 被害遺族のとりくみから浮き彫りになった野生生物と道路建設・交通の課題、そしてその背景にあるクルマ社会の問題について主体的に学ぶ。
(2)授業の展開
授業は、資料プリントを配布し、写真図版を含む約40枚のスライドによって提示、発問、討議、説明という形で約45分行った。次時にレポート記入。後日、最高裁での判決についての報告も行った。
①導入:運転中に動物が飛び出したときの行動
最初に、前出2009年12月13日道央道での事故例を示し、運転していてキツネが道路に飛び出したら、自分ならどうするかについて、二つの選択肢「(A)動物には可哀想だが、ハンドル操作で避けようとするのは危険すぎるので、中小の動物なら轢いてしまうと思う。事故に遭った人は不運だが、運転操作が悪かったと思う。(B)動物を避けようと、とっさに、ハンドルを切ってしまうと思う」から挙手を求めた。
続けて、高速道路の安全問題について「(C)高速道路では動物の飛び出しにハンドル操作で避けることは出来ないから、道路に動物が侵入しないように対策をすべき(D)一般道も含め全ての道路に野生動物の侵入を防ぐのは無理だから、犠牲者には気の毒だがこの事故も仕方のない事故。動物も人も殺すなというのは無理だと思う」のどちらに近いか質問。生徒の反応はBとCが多数であったが、およそ3割の生徒はA、Dに手を挙げた。
②本件事故とロードキルの説明
表-2 ロードキルの件数 道央道 苫小牧西IC~東IC付近 [4]
③裁判での争点
高橋さんの取り組みと裁判の経過を説明する中で、前記2-(3)の争点について、フェンスは本件事故後行われた改修でも改善はされていないこと(図3)や、本件事故の12年前(1989年)の日本道路公団資料「高速道路と野生動物-人と動物の共存を目指してー」[8]から図4を示し、「接地面の土がやわらかいと、掘ってくぐり抜けてしまうのでコンクリート化が必要である」との説明が付してあったことなどを強調した。
図-2 改修前の侵入防止柵[4]
図-3 改修後の現場の柵 [4]
図-4 日本道路公団が示していた防止柵[8]
④まとめ
次の発問を課題提起として行った。「高速道路では動物の侵入を完全に防ぐ対策が採られるべきである。しかし、国道や道道など一般道において侵入防止柵をめぐらすことは不可能である。ではどうすれば良いのか」。
筆者が提案したのは、動物が飛び出しても、なおかつ衝突を避けることができる安全な速度での走行である。これは、小川巌が「スピードがそれほど速くなければ、動物は車を難なくかわせるのに、ある速度以上になると、難しくなる」[9]と述べていることに着目したものである。
最後に最高裁での判断が迫るなか、はがき要請運動の主旨も紹介したが、授業後に協力を申し出て家族分のはがきを受け取っていく生徒も多かった。
⑤レポートを作成し生徒の意見を最高裁へ
次時の生物授業の冒頭、最高裁判所裁判官宛意見と高橋さんへの励ましのレポート「ロードキル裁判~人も動物も殺してはならない~の授業を受けて」を作成。意見は判決日が迫った2月25日に「本事案に関しての生徒の意見を聞いて下さい」という文書を付して最高裁判所第三小法廷裁判長裁判官宛送付した。
(3)生徒が学んだ野生生物と交通の課題
この授業から生徒が学んだものは、提出された18枚のレポートから次の2点にまとめられる。(ⅰ)ロードキルの実態と課題について知り、野生生物と人間との共生にとって、道路交通の問題は身近で重要な課題であるとの認識を新たにした。(ⅱ)命の尊厳を基底に、クルマ優先社会の問題を具体的に捉えることが出来た。
以下に、レポートからの抜粋を示すが、定時制は働きながら学ぶ生徒が多く、年齢層にも幅があり免許取得者もいるので、しっかりした感想意見が多い。
4.提案 ~まとめにかえて~
(1)ロードキル問題の抜本対策に必要な速度制限見直し
司法判断によって動物侵入防止対策の推進を後押しするということは出来なかったが、ロードキルの現状は深刻である。本件現場のように有効な侵入防止柵への改善がなされないので、道内における高速道路のロードキル件数は、提訴時には年平均1,800件と言われたが、民営化後も4年間の平均1,928件と増加傾向にある(表3)。また最近も、「道東を中心にエゾシカの衝突事故発生件数が年々増加している」(北海道新聞2010年12月4日)と報道されたように、課題はより深刻化している。
表-3 民営化後の道内高速道路のロードキル[10]
※数値は、交通管理巡回時に処理した実績値
※その他動物とは、判別ができない動物
ロードキルとロードキルが原因の交通事故を防ぐための対策として、既に指摘されているように、元々あった動物の通り道を復元するという理念で「エコロード」と呼ばれるオーバーブリッジやアンダーパスによる横断経路の確保、そして道路への侵入防止対策が不可欠である。特に高速道路においては侵入防止柵を万全にすることが急務であり、具体的には、キツネなど地面を掘る習性のある中小動物対策のために鉄板を地中に埋め込むなどの改善[4]が早期に求められる。
筆者は、これらに加えて、速度制限の見直しが必要と考える。動物の飛び出しによる交通事故対策として、ロードキルの多発地帯や時期などの情報をドライバーに与え注意を促すこともあげられるが、高速走行では人の反応時間の限界や運転視野が狭くなることなどにより、突然の動物の飛び出しに衝突回避は不可能である。夜間ではなおさらであって、注意看板は低速(例えば時速40キロ以下)での走行という条件でのみ有効な対策である。
例えば濃霧や吹雪による視界不良時に速度制限をするように、ロードキルや動物出現情報があった区間は、動物の飛び出しが原因の交通事故を起こさせない安全な速度~例えば高速道路においては時速60キロ、一般道路においてはさらに低速~に制限することが肝要である。動物の習性から時間帯の特徴が顕著であれば夜間のみの制限という検討もあるだろう。運転する人もそして動物も衝突を避けられる速度設定を徹底しなければならない。
なお、ロードキル防止対策として、制限速度に言及した研究報告は寡少と思われる。筆者が見聞した報告例に、米国アイオワ州でシカの横断が原因で死亡した原告側が幹線道路の夜間の走行速度を低速に制限することを怠った過失も含め州に訴えた判例がある[11]が、この速度問題が司法の場でどのように裁決されたのかという記述はない。
(2)クルマ社会を見直し、脱スピードへの意識改革を
ロードキル対策に肝腎な速度制限が関係者の間でも課題にされてこなかったのは何故か。筆者はこれも現在のクルマ優先社会とそれを支えるスピード幻想社会にその因があると考える。「人も動物も殺してはならない」という野生生物と交通の課題解決には、行政関係者をはじめ社会全体がクルマ優先を脱する意識改革が必要である。
政府は現在「交通の安全に関する総合的かつ長期的な施策の大綱」としての、第9次交通安全基本計画を検討中である。その中間案の中でも「道路交通事故による経済的損失」として「(非金銭的)死亡損失23,300億円、(医療費、慰謝料、逸失利益等の金銭的)人的損失14,840億円」などという数値を出しているように、命を経済的損失と論じる悪しき功利主義を背景に生命尊重を冒涜する「クルマ優先社会」が形成されている。人の安全や環境保全という課題に馴染むべくもない筈の「費用対効果」という概念が常用されているのである。
日本における「野生生物と交通」の諸課題への対策の不備を、中島敦司は「スイスにおける人と自然に優しい“近自然道づくり”」[12]の中で次の様に指摘している。「(スイスは)国中が開発の影響を受ける可能性のあることを前提に、日ごろから国中の自然環境の調査を実施しているのである。日本の場合、計画が先にあって、それから対象地とそれに極めて近傍とも言わざるを得ない「周辺」のアセスが行われるに止まっていることが大半」。さらに中島敦司は同じ報告の中で、スイスのアウトバーンを移動した時に、幅約100mの「エコブリッジ」(スイスでは概ね50m幅が基本)を見て、最大でも20m程度の日本との差を実感したとも述べている。
(3)野生生物と交通の課題を学校教育で
教育基本法の定める教育の目的は「人格の完成」であり、命の教育はその重要な要素である。学習指導要領の生物分野の目標にも、「生命を尊重する態度を育て」(小学校)、「自然と人間のかかわり方について認識を深め」(中学校)、「生態系の保全の重要性を認識すること。人間の活動によって生態系が攪乱され、生物の多様性が損なわれることがあることを扱うこと」(高等学校)などと位置づけられている。[13]
にもかかわらず、“動物ならひき殺せ”と行政関係者に言わせる社会の反教育性は問題である。生命尊重を育む社会をつくるために、学校教育においても「野生生物と交通」の現状と課題を具体例で学ぶ必要がある。理科や生物の教科および道徳や総合的学習の時間のテーマとしてとりあげ、命の教育を中核に、生態系の保全や人間活動と環境という課題と結合させる授業実践を提案する。[表4]その際、高橋真理子さんの遺族が取り組んだロードキル裁判の具体例は重要な教材例と考える。
表-4 学校教育での「野生生物と交通」のテーマと位置づけ例
学習指導要領の位置づけ
道徳
総合
理科
理科
道徳
総合
生物基礎
現代社会
持続可能な社会の形成に参画するという観点から課題を探求する活動を通して、現代社会に対する理解を深めさせる・・・
総合
総合:総合的学習の時間
5.おわりに
筆者は2010年秋に開催された第9次交通安全基本計画中間案に関する公聴会に公述人として意見発表する機会を得たので、真に生命尊重を貫いた計画へとパラダイムの転換を主張するとともに、その項目すら設けられていないロードキル対策を計画に位置づけるよう提言した。
裁判で直接問われたのは旧道路公団の管理責任であるが、真に問われているのは、遺されたご両親が亡き真理子さんに代わって訴えた「人も動物も殺してはならない」を行政や社会がどう聴くのかということである。
瑞々しい感性の高校生はこの真理子さんの願いを真摯に聴き、確かな学習をした。ロードキル裁判で問われた課題の解決は今後の各方面の取り組み努力にかかっている。
参考文献
[1] 佐伯緑・飯塚康雄・内山拓也・松江正彦、2005、マイナスからプラスへ ~野生生物のための積極的な道路整備、第4回 野生生物と交通:41-48
[2] 前田敏章、HP「交通死、遺された親の叫び」:https://remember-chihiro.info/
[3] 前田敏章、2008、スローライフ交通教育の意義と教育現場での実践事例、交通権25号:73-87、交通権学会
[4] 小川 巌、2006、キツネが原因の高速道路における人身事故死の事例と侵入防止対策、第5回 野生生物と交通:5-10
[5] 最高裁判所第三小法廷、平成22年(受)第1418号判決、平成22年3月2日
[6] 札幌高裁、平成19年(ネ)第247号損害賠償請求控訴事件判決、平成20年4月18日
[7] 北海道交通事故被害者の会、2010、会報33号:4-5 [8] 道路建設における野生動物等対策調査委員会、1989、高速道路と野生動物-人と動物の共存を目指して-:42 日本道路公団
[9] 北海道新聞1996年4月8日「生きもの生活白書」
[10] NEXCO東日本お客さまセンター 2010年12月
[11] 山本千雅子・岸邦宏・佐藤馨一、ロードキルに起因する交通事故の道路管理者責任についての海外判例に関す研究、http://www.gradus.net
[12] 中島敦司、スイスにおける人と自然に優しい「近自然道づくり」
[13] 小学校・中学校・高等学校学習指導要領、2008~2009、文部科学省
論考・発言 一覧へ戻る▸▸▸
-論考・発言
-中学, 交通安全基本計画, 高校, 子どもたちの感想文, スローライフ交通教育の会