相互支援の記録(2000〜2013)

【No.010】 真島以明さん(当時23歳)交通死事件

投稿日:2011年3月27日 更新日:

青信号で横断中に赤信号無視の危険運転トラックに轢かれた
真島以明さん(当時23歳)交通死事件

since 2011.3.27.

報道記事・関連この事件の経過傍聴報告

報道関連

この裁判の模様と眞島さんの痛切な思いは読売新聞がそしてHTBテレビが特集でとりあげ報じました。

読売新聞記事(2010/12/30)

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北海道新聞記事(2011/3/27)

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2012/03/03 北海道新聞朝刊
危険運転認定 懲役5年 札幌地裁裁判員裁判 死亡事故被告に判決

札幌市北区で2010年、大型トラックで赤信号を無視して大学生の男性=当時(23)=をはねて死亡させたとして、道内の裁判員裁判で初めて危険運転致死罪に問われた○○市○○、無職○○被告(32)の判決が2日、札幌地裁であった。園原敏彦裁判長は「故意に赤信号に従わなかった」として同罪の成立を認め、懲役5年(求刑懲役10年)を言い渡した。
判決によると、○○被告は10年7月4日朝、北区あいの里の交差点に赤信号を無視して時速約40キロで進入、横断歩道を自転車で渡っていた道教大4年真島以明(いざや)さん=当時(23)=をはねて死なせた。

公判で弁護側は「信号が青に変わっていると思いこみ、わざと無視したわけではない」と、より刑の軽い自動車運転過失致死罪にとどまると主張していたが、園原裁判長は判決で「停止線の手前約30メートルで赤信号を認識していたのに十分な制動措置を講じなかった」と退けた。その上で求刑よりも刑を軽くした理由については「任意保険で財産的側面については相当額の弁償がなされる」と述べた。判決後、以明さんの父勝彦さん(54)は「保険に入っているのは当たり前。求刑より軽くなった理由について説得力のある説明がほしかった」と話した。

◇危険運転致死罪◇

悪質、危険な運転で人を死亡させた場合に適用される罪で、最高刑は懲役20年。2001年の刑法改正で新設され、《1》酒や薬物の影響で正常な運転が困難だった《2》ことさらに赤信号を無視した―などが構成要件となる。全国の裁判員裁判で、同罪で判決を受けた被告は昨年末時点で37人で全員が有罪。最高裁によると、量刑で最も多いのは懲役5年超7年以下の14人で、7年超10年以下と5年以下がそれぞれ9人、10年超は5人だった。自動車運転過失致死罪の最高刑は懲役7年。

2012/03/09 毎日新聞
危険運転致死:道内初の裁判員裁判、検察側控訴見送り 懲役5年判決が確定へ

赤信号を無視しトラックで男子大学生をはねて死なせたとして危険運転致死罪に問われた○○市の無職、○○被告(32)に対し、裁判員裁判で懲役5年(求刑・懲役10年)を言い渡した札幌地裁判決(2日)について、札幌地検が控訴しない方針を固めたことが8日分かった。被害者側に同日意向を伝えた。弁護側も控訴しない方針で、道内の裁判員裁判で初めて危険運転罪の有罪が確定する見通し。

判決は検察側の主張に沿って事実認定しつつ、被告に有利な事情として「任意保険に入っている」という点のみを指摘して量刑を大幅に軽減した。地検はこれまで裁判員裁判の控訴審で量刑不当の主張が認められた例がないことや、最高裁が2月に「控訴審は事後審査に徹するべきだ」と1審判決を尊重する方針を打ち出した点などを考慮し、控訴を断念したとみられる。
亡くなった真島以明(いざや)さん(当時23歳)の父勝彦さん(54)は「裁判員は真摯(しんし)に取り組んでくれたと思うが、判決は量刑理由の説明があまりに短く、議論の経過が分からない。裁判を通じて被告の反省が見られなかったのは残念だった」と話した。【伊藤直孝、金子淳】

《経過》

2012年5月30日

害賠償命令制度の審理終結、逸失利益認定へ

2012年3月8日

裁判員裁判で懲役5年(求刑・懲役10年)を言い渡した札幌地裁判決(2日)について、札幌地検が控訴しない方針を固めた

2012年3月2日

札幌地裁は、3月2日の判決公判で、危険運転致死罪を適用し、被告に懲役5年(求刑は懲役10年)を言い渡しました。

2012年2月27日

裁判員裁判 公判開始

2010年7月4日

午前5時45分頃、札幌市北区あいの里3-8、道道交差点にて事件発生

傍聴報告

赤信号無視による危険運転の犠牲になった眞島以明さん交通死事件
被害者参加の裁判員裁判で危険運転致死罪の判決、しかし量刑は求刑を大きく減じて懲役5年

2012年2月27日~3月2日

道内初の危険運転致死罪での裁判員裁判となった、故眞島以明(いざや)さん交通死事件の刑事裁判は、2月27日から札幌地裁にて集中審理が行われ、同月29日結審。3月2日の判決で、園原敏彦裁判長は被告に危険運転致死罪による懲役5年の刑を言い渡しました。以下傍聴記です。

【第1回公判】2月27日 午後

初公判の27日、札幌地裁804法廷にて、傍聴席36席が全て埋まる中、手錠を付けた○○敬也被告(32)が入廷。裁判官3人と6人の裁判員が並ぶ中、①検察官の起訴状朗読と冒頭陳述、②弁護人の冒頭陳述、③公判前整理手続の結果の確認、④検察官より書証提出が行われました。

①では、公訴事実として、被告は2010年7月4日早朝、北区あいの里の交差点を大型トラックで時速約40キロにて走行。「殊更に赤信号を無視」して、青信号で横断歩道上を進行する眞島以明さん(当時23歳)を自転車ごと約13メートルはねたことが示されましたが、
②で、被告弁護人は、「殊更に赤信号を無視」したとの部分を否認し、故意ではないと主張。
③で検察は、公判前整理手続きで、争点は、赤信号を「殊更に無視したのかどうか」であると述べました。
④では、検察による捜査報告書や目撃者(2名)の証言、実況見分調書、遺族の真島勝彦さんの供述調書、被告人の供述調書などが一部プロジェクターによる図面や写真とあわせて示されました。

事件現場の状況が生々しく再現される法廷で、後半には、在りし日の以明さんの人柄をしのばせる写真やビデオも紹介され、廷内被害者参加席のご両親と以明さんの遺影を抱いた傍聴席のご家族は、無念の思いに涙ぐんでおられました。

驚愕したのは、④で検察から示された、被告の平成16年以降の交通違反歴です。信号無視を含め何と10回もの違反(通行区分違反2回、シートベルト装着義務違反4回、速度違反2回、赤信号無視2回)を繰り返し、免停3回を受けていたというのです。今回の信号無視が勘違いなどでなく意図的に「殊更に」行われたことの証左でもある悪質性に法廷にはざわめき広がりました。

【第2回公判】2月28日、午前午後

2回目の公判は、傍聴券交付と抽選が行われて傍聴席が埋まるなか、①犯罪事実に関する被告人質問(弁護人、検察官、被害者参加人の弁護人から)②情状に関する被告人質問(同および裁判員と裁判官からの補足質問)③ 被害者の意見陳述、という順で行われました。
被告人が証言台に立ってのやりとりが続きましたが、私が率直に感じたのは、嘘の説明に振り回される法廷ということです。
被告は、対面信号が赤であることを認識しながら、さらに(赤のために)3車線のうち両側二つの車線に車が停まっていることを視認しながらも、わざわざ空いている真ん中の車線に進路変更し、減速せずに、時速約40キロで交差点に進入した(結果以明さんが犠牲になりました)ことを、「信号が変わるタイミングをはかりながら(見込みで)走行したので、殊更の信号無視ではない」と強弁しましたが、被告の説明は二転三転しており、言い逃れのための嘘を重ねていることが明らかになりました。

問題は、2日間の審理で加害者の悪質な「危険運転」そのものの全貌が明白になったにもかかわらず、危険運転致死傷罪の適用要件の「殊更に」(この、運転行為に故意性に「殊更に」と立証のハードルを上げていることは、危険運転致死傷罪の制定時からの問題・矛盾であり、今こそその改訂が求められると思っていますが)を唯一の救いの道として求め、あがく被告側の言動がどれだけ被害遺族を苦しめているか、そしてこのような法の矛盾が加害者を不当に擁護し、そのことが同様のおびただしい危険運転を野放しにする結果となり、犠牲を無にして欲しくないという遺族の願いをどれほど踏みにじっているのか、ということです。

被告側の情状質問で繰り広げられた減刑のために作文したとしか思われない被告の被害遺族宛の「手紙」が延々と朗読されたことも辟易しました。そこには誠意や真実というもののかけらも感じられなかったからです。犯行事実の肝腎部分を認めず、言い逃れのための嘘や繕いを事件直後から繰り返す被告の言葉や文章に「真実」はありません。一言一句が自己保身だけのためのものと感じました。

しかし、第2回公判の審理が被害者遺族の意見陳述で締めくくられたことは救いでした。ご両親の陳述(母和子さん6分、父勝彦さん20分)は、法廷全ての人の胸を強く打ちました。そこには真実が満ちあふれていたからです。勝彦さんは陳述でも被告を「○○さん」と呼びました。代理人の青野渉弁護士が法廷で被告に質し、被告も認めましたが、眞島さんは常に感情を抑えて紳士的に被告と応対してきたのです。その眞島さんが「危険運転致死傷罪の最高刑20年でも少ないと思います」と延べ、厳罰を求めた理由が2日間の傍聴でよく理解できました。

以下は、眞島勝彦さんの意見陳述の後段部分です。

彼が自宅に来て以明に手を合わせること、私と電話で話すことは、家族にとって大きな苦痛でもありましたが、彼が自分のしたことをよく考えて反省してもらうためには必要なことだと私は思い、○○さんが来ること、電話することを拒否はしませんでした。それは加害者として当然のことで、量刑を軽くする理由にはならないと思っています。

起訴されて、拘置所に入ってからは、月に1度、手紙が来ますが、反省しているとは思えない文面です。彼が反省していないと私が思っている一番の理由は、事実を認めずに、いいかげんな弁解をしているからです。彼は「いいかげんな運転をしていました」と告白していたのに、今はその自分を否定して、いいかげんな弁解をして、自分自身をおとしめていると思います。償いは事実を認めてから始まると思いますが、今の彼は事実を認めず、自己保身のために、私たちに言っていたことをひるがえし、私たち家族を苦しめています。

私は事件当日に加害者の証言で「信号はどちらも赤だった」と言われたときに以明を2度殺されましたが、また以明を殺すのですか。
今回の悪質な交通犯罪は、他の2車線に赤信号で止まっていた車の運転手の方たちと同じように交通規則を守るという当たり前のことをしていれば、絶対に起きなかった犯罪です。
被告は特に、運転を職業にするプロのドライバーです。通常のドライバー以上に、運転技術だけでなく、高い倫理観が求められる人間です。
まして、大型トラックのような危険な車を運転する人間として、より細心の注意と人命への配慮が必要な仕事です。大型トラックは、わずかな不注意で、簡単に人命を奪う凶器になります。そのような車を運転する職業ドライバーは、なおさら交通規則を守るべきなのに、自分の勝手な都合で、ことさらに赤信号を無視する運転をしたことは絶対に許されるものではないと思うのです。
それから○○さんも認めていますが、1度でも歩道を見ていれば以明がゆっくり歩道をきていることは発見できたのです。それを、両側の車線に車が止まっているにもかかわらず、歩道を見もしなかった。

弱者保護、人間の安全を守るという意識が少しでもあれば、今回の犯罪は絶対起きなかったのです。
特に、加害者は運転を職業にするプロのドライバーです。それを、誰もがすることさえしてくれなかったばかりか、人間として最低限の歩道を確認するということさえしなかった。
横断歩道は命を守る道なのです。それを、加害者は人を守るという心がなかったために、以明の信頼を破り、命まで奪ってしまいました。
歩道の前で、赤信号で止まっている車を見て、車は止まってくれていると安心して歩道を渉っていた以明の運転者への信頼を裏切ったのは被告人なのです。
交通事故と言うだけで、刑が軽くなりますが、今回の事故は、危険運転致死傷罪の最高刑20年でも少ないと思います。よく、交通事故は「加害者にも被害者にもなる」と言われますが、今回のような悪質な事故は、誰も起こさないと思います。

「警告」はいくつもあったのです。第一は目の前の信号であり、第2は止まっている車です。第3は、加害者の心の中の良心の声です。これらの警告を無視した結果の悪質な事故なのです。この事件は、交通規則を守っていた以明が交通規則を守らない被告に殺された事件なのです。
以明のような被害者や、私たちのような被害者遺族を2度と生まないようにするために、このような悪質な交通犯罪が2度と起こらないようにするためにも、厳罰が必要です。
被告人は、いつかは刑期を終えて、社会に戻ってきますが、殺された以明は社会に帰ることはもうないのです。
被告人は一人殺したと思っているかもしれませんが、私達家族を、また以明の友達をも殺したのです。本人が自分のしたことをよく反省し、更生するためにも、厳罰が必要だと思います。
そして、被告人に忘れて欲しくないことは、以明への本当の償いは、刑期を終えて刑務所を出た日から始まるということです。このことは、○○さんの心に刻んで下さい。

【第3回公判】2月29日、午前

①検察官の論告・求刑、②被害者参加人の論告・求刑、③弁護人の弁論、が行われ、結審しました。
①では、審理を通して明らかになった犯罪事実関係が以下のように再度整理して示されました。
被告の供述は言い逃れのために変遷し信用性はないが、その弁解を前提としても、被告は(交差点手前30.7mの位置で)対面信号赤の認識があり、止まろうと思えば止まれるのに、シフト3速のままで時速40キロ走行を(交差点直前まで)続けていたのであって、およそ信号に従う意志がなく、これを「殊更に」無視したことは明白である。

さらに、信号の認識についての被告の供述は、(1)事故直後は「対面も交差側も両方赤色」、(2)翌日の警察の調書では、「交差道路の信号は黄色から赤色に変わった」(3)しかしその後の実況見分で交差信号右側は実際には見えない位置であると指摘され、「右側の信号は実は見えてない。(そう述べたのは過去の記憶の残像ではないかと法廷で供述)」 (4)現在は、「左側の交差信号を見ての判断」と言うなど、全く信用できないこと。
また情状については、(1)赤信号で停まっていた隣車線の目撃者が「一体何なの」と驚くような状態で脇をすり抜けて行ったこと、職業運転手でもあり悪質性は大きいこと (2)結果の重大性 (3)遅れるからと焦っていたという動機に同情の余地はないこと (4)交通違反歴(5年で10回、うち2回は赤信号無視)からも交通法規軽視が甚だしいこと (5)反省とは行為に向き合うことから始まるのに、遺族に不合理な説明しか行っていない・・などから情状は非常に悪いことも指摘し、危険運転致死罪での「懲役10年」を求刑しました。

②では、真島さんの代理人青野弁護士から、遺族として危険運転致死傷罪の最高刑「懲役20年を求刑」する
との意見が出され、裁判員には特に2点、(1)危険運転致死傷罪の成立経過と意義を再確認して欲しいこと。(2)過去の判例や量刑にとらわれることなく市民参加の意義を踏まえて公正に判断して欲しいこと、が強調され、さらに、被告の行為は決して偶然の不注意などではないことなどを再度指摘しました。

当然の正当な求刑がなされ、法廷に穏やかな空気が流れた後、③の被告の代理人弁護士の極めて不当な弁論が行われ、他の傍聴した遺族の方も同じ気持ちと思いますが、交通事犯の被害軽視の姿勢に憤りを覚えました。その弁論は・・・

についての、加害側のもはや定式化されたような不当な弁論(例えば、自動車保険に入っており賠償が見込まれるから・・・など)は論外として、私が愕然とした発言は「(被告が犯した危険運転について)信号無視ではなく勘違い。皆さんもパニックになれば失敗はするでしょう。失敗は誰にでもあるでしょう・・・云々」という発言です。麻痺したクルマ優先社会の考え方が、ここまで命を軽んじてしまうのか。こうも簡単に被害者の存在を消してしまうのか。悔悟の涙も見せず、自己保身を貫く能面のような被告の表情と重なり、私は暗澹たる気持ちになりました。法が第一義的守るべきもの(法益)は人命でありそれ以上のものはないのに・・・。極めて不遜な発言でした。

この裁判で、以明さんの命の尊厳が護られ、危険運転が厳しく弾劾され、もって、ハンドルを握る全ての人の胸に命という言葉を刻み、危険行為に警鐘を鳴らす、そのような評議を行い2日後の判決に反映されることを願い法廷を後にしました。刑罰の意味、法律の意義というのは、まさにこのためと思います。

【判決公判】3月2日15時

札幌地裁の大法廷805法廷が、約70人?の傍聴で埋まるなか、園原敏彦裁判長は、○○被告(32)に危険運転致死罪を適用し「被告人を懲役5年に処する」との判決主文を言い渡しました。
判決要旨等正確な表記は後日としますが、以下の内容でした。
対面信号が赤であることを交差点手前30.7mまでに認め、制動措置を講ずれば停止できたにもかかわらず、赤信号を「殊更に」無視し、かつ重大な危険を生じさせる時速約40キロのまま進行し、横断中の以明さんを死に至らしめた危険運転致死罪であって、弁護人の「殊更に無視したのではないから自動車運転過失致死罪に相当する」という主張はあたらない。

また、求刑の10年に対し5年に減刑した理由としては、「任意保険保険により相当額の弁償がなされると見込まれる」とだけ述べました。
判決の詳細の評価は、後日改めてと思いますが、先ずは、以明さんを殺めた被告の危険運転に、正しく「危険運転致死傷罪」が適用されたことは、当然とは言え意義ある事と思います。危険運転致死傷罪での起訴自体、検察等の及び腰姿勢で非常に少ないという(許されない)現状からすれば、起訴した札幌地検と、適用した裁判官・裁判員の「良識」の判断にほっとしました。
しかし、評価できない問題点があります。なぜ量刑が求刑に対しこれほど減じられるのかということです。傍聴した遺族等の方々も判決後、口々に5年の量刑はあまりに軽いと述べていました。ご遺族は控訴を検討されると思いますが、判決で唯一挙げた理由~弁償の見込み~を刑事罰の情状とするのは全く筋違いと言わねばなりません。

重要な危険運転致死罪適用と、不当な5年の量刑。私は、この背景に幾重もの無念を思います。先ず、この判決を評価することも知ることもできない天国の以明さんの無念を、そしてこれまでの多くの被害遺族が、日本社会の「加害者天国」とも言える不当に軽い刑罰に泣かされてきた無念(不起訴事件、執行猶予がついた事件、危険運転致死傷罪不適用の事件など)を・・・。
これらの無念を、必ず次へのステップにつなげるべきと考えるのです。

司法制度改革の中で、裁判員裁判制度とは別に被害者等が求めて取り入れられたのが被害者参加制度です。裁判員が見守る中、以明さんに代わってご両親が、当事者(被害者参加人)として、代理人である青野弁護士とともに入廷し、真実の言葉で陳述し、意見し、求刑しました。それは、自己保身のために説明を二転三転させている被告供述によって支配・混乱させられそうな法廷に、唯一真実の光をもたらすものでした。

課題はたくさんありますが、以明さんの死を無にすることなく、「命の尊厳」、「被害者の視点と社会正義」これらを合い言葉に、以明さんとともに歩みたい、そう強く思いました。
2012/03/03 前田記

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