交通死ー遺された親の叫びⅠ(2013~1998)

【コラムNo.010】2002/11/27 生命のメッセージ

2002年11月27日

 「どんな本よりも命の大切さを伝えてくださり、感謝しています」。これは、五月に札幌で開催した「生命(いのち)のメッセージ展」を見た人の感想だ。

 メッセージ展は、大学生の息子さんを飲酒・無免許・スピード違反の暴走車に歩道上で殺された神奈川県の鈴木共子さんの発案で始まった。生前の等身大パネルに写真とメッセージが添えられ、足元には遺品の「靴」が生きた証(あかし)として展示される。

 昨年三月、命の重みと犯罪のない社会を訴え、東京駅広場を「十六命」で旅立ったオブジェは、札幌会場で「七十七命」(道内六)に増えた。理不尽に命を奪われた犠牲者は、リンチ殺人やいじめによって自殺に追い込まれた少女などさまざまだが、八割以上は「交通犯罪」によるものだ。

 この世に一つしかない、かけがえのない命を尊重することは、ごくごく当たり前のことだから、普段とりたてて意識する必要もないのかもしれない。しかし交通犯罪はどうだろう。

 被害者にとっては「通り魔殺人」に遭ったと同じ犯罪なのに、「事故だから」「誰もが加害者になるかもしれないから」という理由で軽く扱われ過ぎていないだろうか。件数、負傷者数共に増え続け、交通犯罪被害がゼロには決して向かっていない現在、「暴力的に生命が奪われることのない社会を」と訴えるメッセンジャーの役目は大きい。

 二番目の浜松開催から参加している私の娘は、十四番目となる秋田開催(二十九日から)に向け、暫し羽を休めている。

 私も娘に負けず、札幌でまかれた種を大きく育てたいと思う。札幌開催を担った副代表の小野茂さんを中心に、どこでも展示可能な北海道版の「生命のメッセージパネル」が生まれ、十五日に開いた「フォーラム・交通事故3」でお披露目した。このことを少し胸を張って娘に報告した。

(前田敏章=北海道交通事故被害者の会代表)
(「北海道新聞」2002年11月27日夕刊のコラム「プラネタリウム」に掲載)

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