交通死ー遺された親の叫びⅠ(2013~1998)

【コラムNo.035】 2013/5/11 今こそ危険運転致死傷罪など刑法の全面的見直しを(その3)

2013年5月13日

 今国会に4月12日提出された刑罰改正案について、北海道交通事故被害者の会としての見解をまとめ、5月11日の総会・交流会で討議しました。

 なお、次の交流会資料(PDF)も参照下さい。
「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律案について」
内藤裕次弁護士(当会副代表) 新法律案の整理メモ(青野渉弁護士作成)

自動車運転に係わる刑罰改正法案について ~当会要望内容からみた前進面と課題~

2013年5月11日 北海道交通事故被害者の会

 私たちの切実な願いの一つである交通事犯の刑罰適正化に関して、法制審議会の答申を受けた政府は、4月12日、「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律案」を閣議決定し、今183国会に同日提出しました。私たちは、尊い犠牲を無にしないとの思いから、交通死傷被害ゼロを願い、2002年以来関係機関に「交通犯罪被害者の尊厳と権利、交通犯罪・事故撲滅のための要望書」を提出するなど長年とりくみを続け、前回2007年の自動車運転過失致死罪新設の際にも何度も要請したところですが、今次の刑法見直しに当たっても、法務大臣宛要望書提出(2012年6月)、法務副大臣へ直接要請(同8月)、そして法制審議会での要望書提出と意見表明(同10月)と、積年の思いを訴えてまいりました。

 私たちが、死傷被害ゼロを視野に入れた刑罰適正化ということで求めてきた要点は、交通犯罪を特別の犯罪類型として厳罰化することであり、危険運転致死傷罪の適用要件の緩和、自動車運転過失致死傷罪の最高刑の引き上げ、および交通犯罪が軽く扱わられる一因でもある刑法211条2項の「刑の裁量的免除」規定の廃止です。
 今般提出された刑罰改正案には、一部私たちの痛切な要望に答えた部分もありますが、しかし総体的には不十分で大きな問題点も残されています。以下の諸点を踏まえ、自動車運転に係わる処罰法が、適正で被害ゼロにつながる抜本的改正と成るよう、根本論議と所要の修正を求めるものです。

1 要望意見「刑罰改正を、何より国民の命を守るという法益に照らし、交通犯罪を抑止し、交通死傷被害ゼロを実現するためと位置づけること」について

 本法律案の総体的評価につながる観点ですが、改正を検討した内容が一部の悪質運転行為に限られ、交通犯罪抑止、被害ゼロという抜本改正の位置付けは成されておらず、この点で極めて不十分な法律案と言わざるを得ません。

 私たち北海道の会をはじめ、多くの被害者団体が望んだのは、危険運転致死傷罪施行(2001年12月)から12年、自動車運転過失致死傷罪新設(2007年6月)から5年を経過した今検討すべきは、人が作った本来道具であるべきクルマが凶器性を持って使われているという現実を直視し、その抜本策を法律面からも見直すことです。そのためには、悪質運転はもとより、人の死傷という重大結果につながる安全運転義務違反など全ての違反行為に対して、現行の処罰法で適正なのかどうか検討されるべきであり、法律案の目的そのものからの再検討を求めるものです。

2 要望意見「危険運転致死傷罪の適用要件を過度に狭くしている、行為や状態に殊更評価的要素を付加した部分を改正し、その構成要件を緩和すること。
同様に、「殊更」に無視しという主観的要素を除くこと」について

 危険運転致死傷罪の適用要件を緩めた中間刑を新設したことは、私たちの要望に全面的には答えていないものの、一定の前進面であると考えます。中間刑では、アルコールや薬物の影響による危険運転行為及びその行為に関するの加害者の認識の対象が、「正常な運転が困難な状態」から「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」に緩和されており(ただし結果は「正常な運転が困難な状態」で生じることが必要)、これまでの危険運転致死傷罪(最高懲役20年)と自動車運転過失致死傷罪(最高懲役7年)との間の処罰の隙間が埋められ、特に飲酒運転についてより適正な処罰法となることが期待できるからです。

 しかしながら、この中間刑の中に高速度走行及び信号無視が含まれておらず、飲酒運転の場合のような適用要件緩和が実現していないという大きな問題があります。制限速度超過など速度違反の危険性は、例えば内閣府「最高速度違反による交通事故対策検討会」の2010年中間報告書にも、最高速度の違反の事故の死亡率は規制内速度の車輌の10倍前後にも及ぶことが指摘されていますが、法令違反別の死亡事故率においても、最高速度違反は全体の21.1倍(警察庁交通局の「平成24年中の交通事故発生状況」)と極めて高いのであって、この問題の法的対策を講じることは必須であったはずです。

 制限速度超過など危険な高速度走行及び信号無視という危険運転行為による被害根絶のために、飲酒運転行為と同様に適用要件を緩和した条項を加えることを強く求めます。

3 要望意見「危険運転致死傷罪が無免許運転やひき逃げ、制限速度超過、そして、てんかんクレーン車運転事件にみられる投薬を怠ったケースなど、全ての悪質で危険な行為に適用されるように、その類型の見直しを行うこと。その際、「逃げた方が得」という矛盾が生じないよう所要の改正を行うこと。」について

 この危険運転行為の具体的類型についての見直しという点に関しては、評価すべき一定の改正がなされています。一方通行逆走や歩行者専用道路での走行など通行禁止道路での危険速度による場合を危険運転致死傷罪に加えたこと、てんかんなど病気の影響による場合を新たに中間罪として定めたこと、ひき逃げ犯に対していわゆる「逃げ得」を防ぐための新たな処罰法「アルコール等影響発覚免脱」が設けられたこと、そして無免許運転の場合の加重規定がなされたことなどは、未だ不十分とは言え、今回の法改正のきっかけとなった被害遺族の痛切な願いを一定反映したものと考えます。

 とりわけ私たちは、「逃げ得」を許さない法整備について、「飲酒・ひき逃げ事犯に厳罰を求める遺族・関係者全国連絡協議会」とともに具体策を長年求めてきたという経緯もあり、本法律案においてようやくそのことが明文化されたことに感慨があります。

4 要望意見「施行から5年を経過した刑法211条の2、自動車運転過失致死傷罪について、その問題点などを総括し、次の改正を行うこと

  1. 結果の重大性および交通犯罪抑止の法益から、そして、危険運転致死傷罪との隙間を埋めるために、致死罪の上限を大幅(10年以上)に引き上げること。
  2. 致死の場合の最低刑を、罰金刑ではなく有期刑とするなど大きく引き上げること。
  3. 交通犯罪が軽く扱われる一因となっている刑法211条2項の「刑の裁量的免除」規定は廃止すること」について

 この点に関しては、今回の改正案にはいずれについても殆ど検討がなされておらず、極めて不当と言わざるを得ません。法制審での検討がその入り口で、いわゆる悪質運転に対する処罰だけに絞られ、前に述べたように法益および法改正の目的自体が狭く捉えられた結果と考えられ、断腸の思いです。

(1)(2)について、私たちは2007年の自動車運転過失致死傷罪新設の際にもその根本問題を指摘し強く求めてきたという経緯があります。いわゆる飲酒や信号無視、速度違反という悪質危険運転はその事件死亡率も高いことから、厳しく罰することは当然必要ですが、加えて次の事実に着目すべきことを再度強調します。

 警察庁統計には「原付以上の運転者(第1当事者)による交通事故件数を法令違反別にみると、安全不確認(構成率30.5%)が3割以上を占め最も多く、次いで脇見運転(同16.6%)、動静不注視(同11.3%)の順となり、安全運転義務違反が全体の約4分の3(同75.4%)を占めている」との指摘があり、年間死亡事件数も、漫然運転(692人)、脇見運転(569人)、安全不確認(376人)、運転操作不適(376人)、動静不注視(104人)などと、安全運転義務違反は法令違反による死亡件数(3,909人)の半数以上(2、117人)に及ぶという実態です。(記述と数値は、前記警察庁交通局の「平成24年中の交通事故発生状況」より)

(3)の「刑の裁量的免除」規定の重大な問題性については、2001年にこの条項が新設された直後から指摘しており、昨年提出の要望書でも「(起訴便宜主義により)交通事犯の9割近くが不起訴となっている不当な現状を刑法が追認し、さらには自動車運転業務についてのみ免除が設けられることで、他の業務上過失致死傷罪に比べ軽く扱うという間違った通念が拡がる要因となっているので、即刻廃止すべきである」と求めてきました。しかし新法律案にはこの悪しき条項「ただし、その傷害が軽いときは、情状によりその刑を免除することができる」が残されています。これでは、「仕方のない事故」「誰もが加害者になりうるから軽い刑に」という風潮は変わらず、そのことが交通犯罪に対する起訴率と実刑率の極端な低さ(平成23年度の起訴率は8.9%、実刑率は致死で3.1%、致傷で0.03%)にもつながります。

 安全運転義務違反など重大過失で人を殺めても執行猶予で済まされる場合がほとんどという人命軽視の異常な危険社会の根本を変えるために、この免除規定は削除すべきです。

5 要望意見「交通犯罪を特別の犯罪類型として体系化すること」について

 私たちは、発足間もない2002年から「自動車は,その運転方法いかんによっては,凶器となる。そして,危険な運転によって重大な被害をもたらすことは、これまでの幾多の事件により明らかである。危険な運転行為を行い,その結果,死傷の結果を生じたのなら、他の過失犯よりも重い処罰をすることが、交通犯罪抑止のために不可欠である」(当会要望書)として、交通犯罪を特別の犯罪類型として体系化することを求めてきました。

 この経緯からも、危険運転致死傷罪と自動車運転過失致死傷罪とをまとめ、独立させた新法として定めることについては、一定の評価が出来ます。独立した法とすることで、現状の交通犯罪被害の深刻性と自動車運転行為の危険性がより周知しやすくなり、今後、特に前項4で示した法の矛盾などが浮き彫りになることは必至と思われるからです。

 くり返しますが、法が第一義的に尊重し守るべきものは人命であり、それ以上のものはないはずです。犯罪白書によると、2011年において生命・身体に被害を受けた被害者数は89万0711人に及びますが、このうち96.5%を占める85万9105人は自動車による交通死傷(死者6,741人、負傷者85万2364人)です。憲法13条には「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び、幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」と謳われていますが、かけがえのない命と健康が交通死傷被害によって大きく損なわれている今日の事態を、法治国家として見過ごすことなく立法措置を執り、自動車運転に関わる処罰の根本を早急に改めることが求められています。

 この法律案のままでは、交通死傷被害の根絶、社会正義実現という国民共通の願いに答えるものには成っていません。交通死傷被害を「減らす」だけでなく、「ゼロ」にするための重要な転換点にするためという視点での抜本見直しを強く求めます。

以上

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