※2021年5月28日に「中間報告」への意見書に関する記述を追加し、それに伴い記事を一部修正しました。
1 被害者団体として連名で意見書提出
宅配便や店舗からの商品配達などに、人手不足解消と称し開発が進められている自動配送ロボットですが、公道(歩道)走行の許可を求める動きがあります。
この自動運転問題にも関わる重要な件について、北海道交通事故被害者の会も加盟する「犯罪被害者団体ネットワーク(ハートバンド)」(全国20団体)の中の交通被害8団体は、自動配送ロボットの公道(歩道)走行への規制緩和に反対する意見書を提出しました。
〈経緯〉
・2020年7月、政府(警察庁交通局主管)の「多様な交通主体の交通ルール等の在り方に関する有識者検討会」(以下「検討会」と略記。)は、電動キックボードや電動車椅子などの新たな交通ルール検討と合わせ、(無人)自動配送ロボットの公道(歩道)走行問題も含め、検討を開始しました。
(会議録は警察庁交通局、各種有識者会議 https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/council/index.html)
・2021年2月、「検討会」を主管する警察庁交通局から、ハートバンドの代表宛に「交通被害者団体からの意見を伺いたい」との要請がありました。
・同年3月11日、ハートバンド加盟の交通被害3団体(北海道交通事故被害者の会、TAV交通死被害者の会、交通事故被害者家族ネットワーク)で協議・作成した意見書を一次提出。その後5団体が加わって、3月29日、計8団体の意見書として最終提出しました。
意見書「自動配送ロボットの公道(歩道)走行について(意見)」の要旨
意見書の要旨は以下です。(全文→「自動配送ロボットの公道(歩道)走行について(意見)」)←PDFリンク
自動配送ロボットの公道(歩道)走行について(意見)
2021年3月
(交通被害8団体)
【主文】
メーカー等から要望があった〈注1〉とされる、自動配送ロボットの公道(歩道)走行の許可条件緩和は、「交通の安全」の観点から行うべきではないと考えます。無人の自動運転車の公道走行につながる規制緩和には強く反対致します。
【規制緩和反対の理由】
1)現状においても、歩道上の歩行者(中でも幼児、児童、高齢者、病弱者、視聴覚障害者の方々など)の絶対安全が担保されていない中、さらなる危険因子ともなる自動ロボット走行の規制緩和を図ることは、道路交通法第1条の目的「道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り」に反する。
2)「検討会」を主管する警察庁交通局も指摘する下記4点の「現在の技術レベルで懸念される点」などは新たな危険因子であり、許可条件を緩和することは、私たちの交通死傷被害ゼロの願いに逆行する。
- 歩行者が、ロボットを避けるため車道に降り、自動車と衝突する
- 悪天候時にセンサー等が正しく作動せず、歩行者等の存在を正しく認識できないケース
- ハッキングされ、暴走した場合の危険
- 1人で複数のロボットを監視・操作している際、あるロボットについて対応が必要になった場合に、他のロボットについて監視・操作できない
3)モーターの大きさ等から「自動車」と定義される「自動ロボット」の歩道通行許可については、歩道という基本概念改変の問題であるから、道路交通法第1条、目的の「安全」を第一義として、別途独立して検討すべき大きな問題である。
4)メーカー等から要望が出され検討されているロボットの、速度(最高6km/h)、大きさ(115×65×115㎝)、重量(120kg)は、歩行者にとって極めて危険な衝撃力を与えるものである〈注2〉。形状・材質についても、人との接触により重大な身体損傷を引き起こす危険極まりないものであり、これほどのものが、例えば人の上に倒れたときの破壊力を正視しないメーカーに、許可を与えるようなことはあってはならない。
5)現在の歩道上での危険回避は、相互コミュニケーションが重要な手段になっているが、無人ロボット通行は、この安全担保の重要な手段を著しく制限するのであるから、この点でも、極めて重大な危険因子である。
6)現段階で開発されている自動運転車は、限定された専用空間や用途のみで実用が想定される技術である。AIなど未知の技術開発が前提となる自動運転車が必ず実現するなどという「幻想」にとらわれず、被害ゼロのために、現実的な施策(安全運転支援車など)をこそ早急に全面的に推進するべきである。
〈注1〉警察庁交通局資料「メーカー等からの要望」より
・ロボットの近くで監視する人を置かず、遠隔から1人が複数のロボットを監視・操作すればよいこととしてほしい
〈注2〉運動エネルギーは、質量と速度の2乗に比例するので、120kg、6km/hの配送ロボットの衝撃力は、体重60kg、速度3km/hの大人の8倍、30kg、3km/hの児童の16倍です。
2 「中間報告」(4月15日)に対しても、連名で「意見書」提出(5月28日)
「検討会」は、今年度末(2022年3月)までに最終報告をするとのことですが、4月15日、「中間報告書」を公表しました。
参考リンク
https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/council/mobility/interim-houkoku-gaiyou.pdf
https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/council/mobility/interim-houkoku.pdf
同報告は、私たちの意見書の主旨も汲み、規制緩和に慎重な記述がある〈注3〉ものの、大きさを「電動クルマ椅子程度」、速度を「時速6キロ以下」などと歩道走行への基準を示し、「今後更に検討を行うべき事項」(72ページ)として「(自動歩道通行車の)通行場所について、基本的には歩道等の歩行者と同様の場所を通行すべきであるものの、道路の幅や、交通量、周辺の施設の性格等を考慮し制限を設ける必要があるか……」を検討事項としているなど、安全問題が先送りされるのではないかとの懸念が残ります。
中間報告発表翌日のメディアも「(配送ロボなど)電動小型車、規制緩和へ 時速6キロ以下 歩道可」(4月16日 「北海道新聞」)などという見出しで、無人自動運転への根拠無き楽観論につながる報じ方でした。
〈注3〉「歩道等の歩行者の通行場所を通行するモビリティについて検討するに当たっては、それらの場所が歩行者が安全かつ快適に通行するためのものであることを踏まえ、歩行者の通行の安全確保に留意し、それを脅かすおそれのあるモビリティを通行させるべきではない点も踏まえる必要がある。」(「中間報告書」59ページ「3.1 検討の方向性等・総論」)「そもそも、現在の自動配送ロボットは開発途上にあり技術的に不明な点が多く、拙速な議論をするべきではないという意見や、道路環境に応じて限定的に走行を解禁するべきであるという意見もあったところである。したがって、自動歩道通行車が無人自律走行する場合の通行場所については、今後、更なる検討が必要である。」(同68・69ページ「3.2 各論」)
「特に留意した点は、歩行者の通行の安全確保である」「子供や高齢者、身体障害者を含めた歩行者の通行の安全が脅かされてはならず、そのような事態を防ぐためには・・・更に検討を行うべき事項が残されている」(同73 ページ「4 総括」)
5月28日、前記ハートバンド加盟の交通被害者8団体は、「中間報告」への意見書を提出しました。
「自動配送ロボットの公道(歩道)走行について(中間報告への意見)」の要旨
意見書の要旨は以下です。
(全文→「自動配送ロボットの公道(歩道)走行について(中間報告への意見)」)←PDFリンク
自動配送ロボットの公道(歩道)走行について(中間報告への意見)
2021年5月
(交通被害8団体)
【主文】
重ねての意見となりますが、無人自動配送ロボットの公道(歩道)走行の許可条件緩和は、「交通の安全」の観点から行うべきではないと考えます。とりわけ、幼児、児童、高齢者、病弱者、視聴覚障害者の方々など、歩道上の「弱者」の絶対安全を脅かすような規制緩和は行わないことを明記した最終報告とすべきです。
【規制緩和反対の理由】
1)中間報告が3.1.1「基本的考え方」で、「(検討するに当たっては)それらの場所が歩行者が安全かつ快適に通行するためのものであることを踏まえ、歩行者の通行の安全確保に留意し、それを脅かすおそれのあるモビリティを通行させるべきではない点も踏まえる必要がある。」(59ページ)と記し、4.「総括」でも「特に留意した点は、歩行者の通行の安全確保である」(73ページ)と記しているのですから、「(歩道上の走行について)引き続き検討する必要がある」(63ページ)などと、安全担保を曖昧にする検討結果には決してならないと考えます。
2)中間報告3.3「今後更に検討を行うべき事項」の⑦に、「基本的には歩道等の歩行者と同様の場所を通行することができることとすべきある・・・」(下線は本意見提出者)とありますが、下線部は、前項でも述べた「基本的考え方」である「歩行者の安全確保」に反します。前回提出の意見書でも指摘させていただいたように、(無人の)自動運転車は極めて限定された専用空間や用途のみで実用が想定される技術と考えられますから、歩道通行は認められない旨を明確に記すべきです。
3)検討会が行った調査事項として、2.5の「国民に対するアンケート調査」がありますが、国民の命に関わる問題をアンケート項目として問うこと(特に、図12)に違和感を覚えます。命の問題と利便性や経済性を天秤にかけることは出来ない(行うべきでない)と考えるからです。国民の生命の権利が絶対優先されることは、日本国憲法が第13条などで最も基本の人権として定めていることです。
4)検討会のこれまでの審議内容からも、(他の「交通主体」に比べて)無人の自動走行ロボット問題の特異さが明白になったと思います。
前回も指摘させていただいたように、この自動走行ロボットの歩道走行問題は、歩道という基本概念改変の問題であり、無人の自動運転車の公道走行問題(下線はサイト管理者)ですので、道路交通法第1条の目的「道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り」の「安全」を第一義として、別途検討すべき重大問題です。
私たちは、「検討会」の最終報告において、安全問題が担保されない規制緩和がされないよう、今後も強く求めていきたいと考えています。
3 自動運転への幻想は、人命軽視の「クルマ優先社会」の麻痺につながる
今回の意見書提出に際し、留意したのは、自動配送ロボットへの安全軽視の規制緩和が、自動運転への幻想やクルマ優先社会の麻痺につながってはならないという事です。
一昔前のITS(高度道路交通システム)が、〈いずれ情報・通信技術の発達により交通被害は無くなるから、今は我慢して〉という楽観論として喧伝され、「日常化された大虐殺」とも形容される深刻な事態への抜本施策先送りに使われたのではないかと感じていますが、今新たな楽観論としてもてはやされているのが自動運転ではないでしょうか。
自動運転は、極めて限定された場所と用途で、そして極めて低速でのみ有用とされる技術に過ぎないことは明白であるにもかかわらず、企業の開発競争の中で、スピード社会をそのままにしたままでの危険な「実用化」が検討されています。国民の最も基本の権利である「生命権」侵害の常態化(「人命軽視の麻痺したクルマ優先社会」)を許してはなりません。
4 「自動運転は交通事故を助長する」を序章テーマとした書籍
「自動運転によって交通事故がゼロになる期待は幻想である」(序章第4節)と、重要な指摘をしている書籍が「自動運転の技術開発」(グランプリ出版 2019年)です。
著者の古川修氏(芝浦工業大学名誉教授・工学博士)は、(株)ホンダの研究所で「自動運転車の研究開発プロジェクト」の責任者も務めた方ですが、日本だけでなく欧米も含めた「自動運転ブーム」に対し、専門家の立場から鋭い問題提起を行い、警鐘を鳴らしています。
古川氏は、現在世界中で進められている運転自動化の開発の方向性は、「(それによって)人々の生活がどれだけ幸せになるか?というニーズから評価すると、人類への貢献とは大きなズレを感じさせる」(はじめに)と述べ、この「プログラム」の問題点を「シーズ〈注4〉である“自動運転”ありきで進められていることが多く、ニーズやリスク予測などを主体としたアセスメントの検討が遅れている」(p15)と指摘します。
注4:シーズ(seeds):マーケティング用語。研究開発や新規事業創出を推進していく上で必要となる技術や能力、人材、設備などのこと
なお、氏が自動運転のリスクとして挙げているのは、次の8項目、33点に及びます。(p84~85)
- 交通事故の増加
・・・ドライバーの過信、居眠り・覚醒度低下、システムの故障、システムからドライバーへの運転切替の不適切遷移など6点 - ドライバーの負担増加
自動走行時のドライバーの監視負荷の増加、システムからドライバーへの運転切替時の対応負荷の2点 - 犯罪利用
犯罪後の移動手段、無人テロの手段など4点 - 混合交通(自動運転と手動運転)を乱す
非優先道路から優先道路への侵入が過剰に慎重、など5点 - ドライバーの運転能力劣化
システムに依存しすぎて、認知・判断・制御などの動的タスクを軽減、など3点 - 交通事故の責任所在が複雑化
ドライバーと自動運転システム、および、車載システムと通信システム、道路インフラシステムの責任分担切り分けが難しい、の2点 - 職業ドライバーの失職
タクシーや運送ドライバーの失職など4点 - 実用化コストの増加
車載システムや通信システム、自動運転技術の研究開発費など7点
そして著者は、
- 一般道路では自動運転システムより、極めて高度化された運転支援システムの開発が交通事故削減に有効である。
- レベル4では、限定地域内だけで低速の自動走行が考えられる。
など指摘し、第5章「自動運転開発の舵を切りなおす」で、
「シーズである自動運転の実用化を目的とするのでなく、交通事故削減というニーズを目的として、(中略)先進運転支援システムを高度化して交通事故ゼロへ向けた技術進化を遂げる方向への転換が必要である」(p150)
とまとめています。
5 命の尊厳と社会正義を訴えます
かけがえのない家族を「事故」という名の「交通犯罪」によって奪われた私たちは、耐えがたい社会不信と人間不信の淵に立たされながらも、「こんな悲しみや苦しみは私たちで終わりにして欲しい」との切なる思いで、被害ゼロに向けた抜本施策を必死に訴えています。
今回の意見書への取り組みも、北海道の会として、会が発足以来重視し取り組んでいる「交通犯罪被害者の尊厳と権利、交通犯罪・事故根絶のための要望書」の6-3項を基本にしました。
自動車事故被害が深刻な事態となる根本要因は、クルマ依存と、安全よりも高速走行を優先するスピード社会である。速度違反の取締りを一層強化し、検討されている一部高速道の最高規制速度120キロへの引上げ方針は、即刻撤回すること。
「自動運転車」のような、一部の「不確かな」クルマに幻想を与えるのではなく、クルマを決して危険走行させることがないように、ペダル踏み間違い時の加速抑制装置や衝突予防装置、非常停止装置などの装着義務化、道路ごとの制限速度に応じて自動で速度制御を行う技術ISA(Intelligent Speed Adaptation)の実用化など、全てのクルマを対象にした安全運転支援施策を急ぐこと。
被害者の視点は「命の尊厳」であり、それは「社会正義」(交通死傷ゼロの社会)実現につながると考え、これからも訴えを続けます。
〈追記〉憲法が規定する「生命権」について
憲法で定められた人権の中でも最も基本的な権利というべき「生命権」が、とりわけ交通被害に関しては軽く捉えられ、抜本施策に至らない異常な社会を憂います。
私は、高校生などへの講話機会(「命の大切さを学ぶ教室」など)には、いつも次の条文を記し、人権侵害としての交通犯罪の常態化は憲法違反であることを強調しています。
憲法13条「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び、幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」
「生命権」について、北海道在住の哲学者であり、市民団体「クルマ社会を問い直す会」発足時の代表であった杉田聡さんは、「クルマが優しくなるために」(ちくま新書 1996年)で次のように記しておりましたが、2021年のこんにち、改めて社会全体が認識しなければならない指摘と思います。
日本国憲法は第11条から40条に、国民に対して保障される基本的人権について記しているが(ただし部分的にはいわゆる市民権の保障なども含む)、権利の内容を具体的に記した最初の条文である第13条が、これを、最も包括的な仕方で、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」と記すと同時に、その第一の位置に「生命」を置いているのである。この「生命・・・・・・に対する国民の権利」が、ここで言う生命権である。
「自由権」は、一八、九世紀的な権利であるのに対して、「幸福追求」権は二〇世紀的な権利といわれる。それぞれ、当該の権利が問われた歴史的な時期を念頭においてのことである。しかし「生命」の権利(生命権)は、この意味で言えば「一七世紀的な権利なのである。つまりほぼ一七世紀に――思想史的に見てホッブズによって――この権利の権利性については決着が着いた。それはあまりに自明なため、生命権は今日語られることの最も少ない権利である。ところが他ならぬこの生命権が、二〇世紀の最終盤に位置する現代社会で、しかも人権に対する配慮が社会に根づいたはずの「先進国」においてさえ、深刻に問われなければならないという事態が生まれてしまったのである。
クルマ社会の現状を見るとき、私は現在、子どもたちの生命権が侵害されていると言わざるをえない。そして同じように、大人のそれすらおびやかされている。生命権という最も基本的な人権にまで害が及ぶとき、すでにそれだけで、今日の自動車のシステムは日本国憲法に違反すると言うべきである。(同書第4章の項「今日の状況は日本国憲法に違反する―生命権の侵害」p152~154より抜粋)