2016年の秋以降、この二つの安全装置について新たに考えるところがあり、本ページの趣意からも、その普及・標準装備化を強く訴えるものです。
最初に
「自動ハイ・ロービーム切り替え装置」について
警察庁の「原則ハイビーム走行キャンペーン」は重要
この「提言」のきっかけになったのは、警察庁が2016年9月の秋の交通安全運動に、「原則ハイビーム走行のキャンペーン」を始めたことです。
産経デジタルニュース (2016年9月29日)より
「警視庁が車のライトのハイビーム使用を呼び掛けている。昨年1年間、夜間の横断死亡事故の9割以上がロービームだったことを受けての対応だ。ドライバーにとっては“非常識”でもあったハイビームの推奨で、交通死亡事故の大幅な減少につなげる狙いだ。」
「昨年1年間、歩行者が夜間に道路を横断中に車にはねられ、死亡した事故は全国で625件あり、このうち96%が車のライトがロービームだった。同庁が歩行者の横断中の事故に絞って初めて集計、分析した。同庁はハイビームを使っていれば防げた事故もあるとみており、ハイビーム使用を呼びかけている。」
長女の交通死は、加害車両が「走行用前照灯」を使用していれば防げた可能性も
21年前、夜間の歩行中に前方不注視の加害者によって後ろからひかれた長女の無念と犠牲を絶対に無にしないという一念で生きている私にとって、この警察庁のキャンペーンは、非常に大きな意味をもつものでありました。
本ページの、長女の事件概要 → 「娘はなぜ、どのようにして犠牲になったか」
を参照ください。
上記ページにあるように、加害車両は、娘が歩いていた約30m手前から、前には人がいないと思い、(時刻を確かめるために)カーラジオの操作を行うという脇見をしたのですが、加害者供述によると、加害車両のライトは、対向車が無いにもかかわらず視認距離の短いロービーム(「すれ違い用前照灯」)でした。(供述調書より)
もし、加害車両の前照灯が、視認距離100m以上のハイビーム(「走行用前照灯」)であれば、加害者の脇見という動作の前に、赤い傘をさして前方を歩く長女を視認できたのではないか、この思いは20年以上経った今も心の奥底に大きく拡がっている疑念でした。
なお、「走行用前照灯」および「すれ違い用前照灯」の装着、および照射距離(それぞれ、100m以上、40m以上)については、「道路運送車両の保安基準」第32条によって装備が義務付けられ、照射距離についは、「道路運送車両の保安基準の細目を定める告示」第120条にその基準が示されています。
以下関係条文抜粋です。
「道路運送車両の保安基準」 (前照灯等)
第三十二条
自動車の前面には、走行用前照灯を備えなければならない。ただし、当該装置と同等の性能を有する配光可変型前照灯(夜間の走行状態に応じて、自動的に照射光線の光度及びその方向の空間的な分布を調整できる前照灯をいう。)を備える自動車として告示で定めるものにあつては、この限りでない。
2 走行用前照灯は、夜間に自動車の前方にある交通上の障害物を確認できるものとして、灯光の色、明るさ等に関し告示で定める基準に適合するものでなければならない。
4 自動車の前面には、すれ違い用前照灯を備えなければならない。
「道路運送車両の保安基準の細目を定める告示」
第120条2項
「走行用前照灯は、そのすべてを照射したときには、夜間にその前方100mの距離にある交通上の障害物を確認できる性能を有するものであること。」
同6項
「すれ違い用前照灯は、その照射光線が他の交通を妨げないものであり、かつ、その全てを同時に照射したときに、夜間にその前方40mの距離にある交通上の障害物を確認できる性能を有すること。」
また、この法令上の名称も示すように、夜間走行時のライトは「走行用前照灯」(ハイビーム)が原則であることは言うまでもありません。その意味では、一般に使われている「ハイ・ロービーム」という区別は誤解(例えば、ロービームが相手に「優しい」ライトであるかのような)を招きますので、周知を図るためにはその呼び方を見直す必要もあると思います。
なお、「すれ違い用前照灯」の規定は下記の道路交通法にあります。
「道路交通法」
第52条2項
「車両等が、夜間、他の車両等と行き違う場合又は他の車両等の直後を進行する場合において、他の車両等の交通を妨げるおそれがあるときは、車両等の運転者は、政令で定めるところにより、灯火を消し、灯火の光度を減ずる等灯火を操作しなければならない」
「自動ハイ・ロービーム切り替え装置」は既に実用化!
ですから、警察庁が「(夜間の歩行者の死亡事故を減らすため)、車の上向きのライト「ハイビーム」を使うという呼びかけを行っている」ことは、もっと早く徹底を呼びかけて欲しかったという思いもありますが、私にとっては大変大きな朗報でした。
そして、その後、ネットを介して知ることが出来たのが、この「原則ハイビーム」を、より無理なく行える「自動ハイ・ロービーム切り替え装置」が既に実用化されているという重要事実でした。
知らせてくれたのは、自身のサイトでその普及・義務化を強く訴えておられる大野一郎さんの次のサイトでした。
これまで私は、(娘を亡くしたあとも)運転の際、ハイビームを遠慮しながら使用しておりました。やはり、クルマ優先社会の麻痺が自分にも未だ及んでいるのでしょう。そんな自分へのいらだちがありましたが、このページに出会い、迷いが消え、目の前が明るく開けました。
早速、亡き長女の仏前で報告し、こう誓いました。「千尋、時間はかかっているけど、世の中は少しずつ命の尊厳が大切にされる方向に変わりつつある。お父さんは、この『自動ハイ・ロービーム切り替え装置』の普及(標準装備化)に取り組むよ。千尋の無念は、絶対に無にしないからね」と。
国交省も前向き
このことについての行政の取り組みを調べると、関係庁である国交省も前向きでした。
国土交通省 自動車局技術政策課は、「今後の自動車の安全対策の方向について」(平成28年6月24日 交通政策審議会陸上交通分科会自動車部会技術安全WGとりまとめ)という「報告書」を公表していますが、その67ページに、夜間の「オートライト」の義務化の検討と合わせて「自動ハイビーム」についても「義務化の可能性も視野に普及策を検討すべきである」
との前向きな記述をしているのです。
→ 「今後の自動車の安全対策の方向について」
○灯火器技術の高度化
「夜間のドライバーからの視認性及び歩行者・自転車からの車両の被視認性の向上の観点より灯火器は重要な安全装置であるが、薄暮時に前照灯を点灯しないドライバーや常にロービームで走行するドライバーも多いことから、灯火器の安全効果を一層高めるため、既に国際基準が整備されている自動点灯前照灯(オートライト)について早期の義務化を検討するとともに、自動ハイビームについても義務化の可能性も視野に普及策を検討すべきである。また、配光可変型前照灯(AFS(Adaptive Front-lighting System)/ADB(Adaptive Driving Beam)などより高度な灯火器技術についても自動車アセスメント等を通じた性能向上と普及促進を図ることが望ましい。なお、このような灯火器技術の高度化による安全効果は、四輪車のみならず、二輪車においても同様に期待されることから、その開発と普及を促進すべきである。」(p67)
もちろん長女の被害事件は、加害者の脇見運転という重大過失(=未必の故意)が主因ですが、例えば当時の全てのクルマに「自動ハイ・ロービーム切り替え装置」が開発され、装着されていれば、娘は轢かれなかったということは十分に考えられることです。
尊い犠牲が生かされるために、悪質または重大過失の運転行為を根絶するとともに、車両の安全性能改善の面から、「交通死傷ゼロ」の社会を今すぐ実現させなくてはなりません。
その重要な一歩になると確信します。
次に
「ペダル踏み間違い事故防止装置」について
近年、高齢ドライバーの加害事故が増え、大きな問題となっていますが、同時に、頻繁に起きるアクセルとブレーキの踏み間違い事故も社会問題になっています。
しかし、この踏み間違い事故を高齢者に特有の操作ミスと言いくるめてしまい、現在のクルマの構造的な問題に蓋をしてしまう傾向があることに心を痛めます。
先に紹介した国土交通省の「報告書」(「今後の自動車の安全対策の方向について」)でも、この問題については、肝腎なところで「すり替え」が行われて、本質を見えなくしているように思うのです。
一例を上げます。
報告書p30には二つの表が示されています。
最初の表は、「ペダル踏み間違いによる人身事故件数の推移」で、これが年平均6千件以上発生しているという憂うべき現状(毎日日本のどこかで18件以上発生している!)を示しています。
表を基に、棒グラフにしてみました。
注目すべきは、その下の表「年齢層別のペダル踏み間違い事故件数」(平成26年)です。
これも、(一部年齢を10歳刻みに改定して)棒グラフにしてみました。
すると、この踏み間違い事故は、高齢者に特有ではなく、20代にも多数発生していることが明白なのです。
にもかかわらずこの「報告書」では、「高齢ドライバーに特徴的な事故類型として『ペダル踏み間違い事故』と『高速道路における逆走事故」・・・』という論立てをし、「75歳以上の高齢者の特徴として道路以外の場所(駐車場等)並びに発進時及び後退時において踏み間違いによる事故割合が高い」とするなど、踏み間違い事故の対策には言及していません。
これでは、現在の自家用車の大半に見られる踏み間違いを誘発する安全上の構造的な問題とその根本対策が見えなくなってしまいます。
ペダル踏み間違い事故を根絶するには、高齢者だけでなく、ヒューマンエラーを誘発する自動車の装置改善という課題があることを踏まえるべきです。
民間で進む、踏み間違い事故未然防止対策
そして、このペダル踏み間違い事故の対策について、より安全な装置への改善を求める民間の方が懸命な努力をされていることを知りました。
★前出の大野一郎さんは、ペダル踏み間違い事故の未然防止のために「ペダルの踏み換えをしない」装置(「手動スロットル装置」、「左足ブレーキ装置」)の研究開発をされています。
★また埼玉の南さんは、「ナンキのSTOPペダル」という「踏み間違い事故防止装置」を開発されています。
★さらに、熊本の鳴瀬さんは、アクセルとブレーキを一体化させた「ワンペダル(ナルセペダル)」を開発販売しています。
運輸安全委員会の調査対象に加え、事故ゼロを
上記お三方の取り組みに敬意を表するとともに、踏み間違い事故根絶に向けた官、民(メーカー)の対策推進を強く願うものです。
私の所属する北海道交通事故被害者の会では、毎年提出している関係各省宛要望書に、この種の事故を運輸安全委員会の調査対象とし、抜本対策を講じることを10年以上前から要望していることも付け加えます。
北海道交通事故被害者の会の「交通犯罪被害者の尊厳と権利、交通犯罪・事故撲滅のための要望事項」より
6 交通死傷被害ゼロをめざし、命と安全が最優先される社会を実現すること。
6-1 安全の課題を交通の「円滑」と同列視せず、生命尊重を貫くこと。交通安全対策基本法に基づく「交通安全基本計画」の目標を「交通死傷被害ゼロ」とし、事故原因と原因にいたる要因を完全に絶つ施策を講じること。そのために、運輸安全委員会の調査対象に一般の自動車事故を加え、車の安全性能の問題や道路構造の問題など、事故原因を徹底究明し、被害ゼロへの方策を明らかにすること。
(2016年12月28日記)