交通死ー遺された親の叫びⅡ(最新〜2013) 交通事件

【報告】小樽4人死傷事件(その1)2014.8. 札幌地検の対応についての見解

2014年8月12日

 はじめに、亡くなられた石崎里枝さん、瓦裕子さん、原野沙耶佳さんに深く哀悼の意を表します。中村奈津子さんの1日も早い快復をお祈り致します。被害に遭われたご家族の皆さま、心中お察し致します。

 交通犯罪被害遺族として、これまで危険運転致死傷罪創設や最近の自動車運転処罰法など刑法改正を求め続けている者の1人として、見解を述べさせていただきます。

小樽飲酒ひき逃げ4人死傷事件の札幌地方検察庁の対応について

 平成26年7月13日、小樽市銭函3の市道で、歩行中の石崎里枝さん、瓦裕子さん、原野沙耶佳さんを死亡させ、同じく中村奈津子さんに頸椎骨折などの重傷を負わせた飲酒ひき逃げ事件の海津雅英容疑者について、札幌地方検察庁が8月4日、危険運転致死傷罪ではなく過失運転致死傷罪で起訴したことに、極めて大きな疑義があります。

 本事件をひきおこした海津容疑者の行為は、長時間飲酒しその影響により最も大切な前方注視をせず、歩行者4人を背後からブレーキも踏まずにはねるという交通殺人とも呼ぶべき犯罪行為であり、通り魔殺人的に生命と健康を奪われた被害の当事者の尊厳と命の重さに見合う刑罰で裁かれるべきです。

 本件の起訴罪名は危険運転致死傷罪に訴因変更すべきです。その理由は、この度の札幌地検の判断が、いわゆる「福岡海の中道大橋事件」(以下「福岡事件」といいます。)に関する最高裁平成23年10月31日決定の判断にも反するからです。

 福岡事件の、地裁判決高裁判決、最高裁判決を詳細にみていくと、飲酒運転を理由とする危険運転致死傷罪に関して「アルコールの影響によって正常な運転が困難」ということが、何を意味し、検察官は何を証明するべきなのかが、よくわかります。
 まず、一審判決は、事故原因は脇見であるから、飲酒の影響により正常な運転が困難な状態ではなかった、と判断し、危険運転致死傷罪の適用を否定しました。
 他方で、高裁判決は、事故原因は脇見ではなく、前方を見ながら運転していたと認められるが、にもかかわらず被害車両の存在を認識できずに追突事故を起こしたものと認められ、これは飲酒の影響により正常な運転が困難な状態であったことを示している、と判断し、危険運転致死傷罪の適用を認めました。福岡事件の地裁と高裁の審理では、「事故の原因が脇見だったのかどうか」が最大の争点として争われていました。
 私は、危険運転致死傷罪の適用を肯定した高裁判決の判断は正しいと考えますが、地裁と高裁の審理で、「脇見が原因の事故か、飲酒が原因の事故か」が二者択一で争われていたことには、強い違和感を覚えました。一般市民の常識からすれば、「脇見であれば飲酒の影響による事故ではないが、脇見でなければ飲酒の影響による事故である」という議論の建て方自体が、不合理です。「飲酒の影響で、判断力や注意力が鈍るからこそ、普通では考えらえれない長時間の脇見をしてしまう」というのが常識的で合理的な判断です。
 したがって、仮に、直接的には「脇見」によって事故が発生したとしても、走行中に8秒間も脇見をすること自体、飲酒の影響で前方を注視する能力が著しく減退している状態といえ、これこそ「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」にあたると考えられます。
 最高裁は、まさに、こうした常識に沿って、次のように判断しています。

「追突の原因は、被告人が被害車両に気付くまでの約8秒間終始前方を見ていなかったか又はその間前方を見てもこれを認識できない状態にあったのかのいずれかであり、いずれであってもアルコールの影響により前方を注視してそこにある危険を的確に把握して対処することができない状態にあった」

 つまり、地裁と高裁で争われていた「脇見か脇見じゃないか」というのは、意味の無い議論で、いずれであっても、8秒間以上も前方を見ていなかった(又は見ていても被害車両を認識できなかった)のであれば、「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」にあたる、と判断したのです。きわめて常識的な判断です。

 この最高裁の考え方からすると、小樽飲酒ひき逃げ事件の「スマホを見ていた」という容疑者の弁解が真実だとしても、「歩車道の区別の無い狭い一般道路で、長時間にわたってスマホの画面を注視し、前方を見ていなかった」ということ自体が、飲酒の影響により判断力や注意力が著しく減退していることを示していますから、危険運転致死傷罪の適用条件に十分該当すると考えます。
 したがって「スマホを見ていたから」、飲酒の影響による事故ではないと判断した札幌地検の判断は、上記最高裁の判断に照らして、極めて疑問があります。

 本件の起訴罪名は危険運転致死傷罪とすべきです。
 本件の主因から飲酒を除き過失と裁くなら、適用要件の狭さが実態に合わず交通犯罪が適正に裁けないという理由で、被害当事者をはじめ世論の後押しで適用要件を緩和するべく改正施行された自動車運転処罰法の制定意義が著しく減退します。また「『脇見をしていた』という弁解をすれば危険運転致死傷の適用を免れる」という、前記最高裁が否定したはずの悪しき前例を再び作ってしまいます。悲惨な人身被害事件に直結する飲酒運転行為を軽く捉えることにもつながり、安全な社会確立をという国民多数の願いに反します。

(2014年8月12日 前田 敏章)

北海道新聞 2014年8月5日

北海道新聞 2014年8月5日

記事本文

危険運転適用せず 小樽ひき逃げ事件 「過失」で起訴 札幌地検

 小樽市銭函の市道で7月、海水浴帰りの女性4人がひき逃げされ、3人が死亡、1人が重傷を負った事件で、札幌地検は4日、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)と道交法違反(ひき逃げ、酒気帯び運転)の罪で札幌市西区、飲食店従業員海津雅英(かいづまさひで)容疑者(31)を札幌地裁に起訴した。罰則のより重い自動車運転処罰法違反の危険運転致死傷罪は適用しなかった。
 起訴状によると、海津被告は7月13日午後4時半ごろ、おたるドリームビーチに通じる小樽市銭函3の市道で、酒気帯び状態でRVを運転し、不注意により歩行中の女性4人をはねた後、そのまま逃走。3人を死亡させ、1人に重傷を負わせたとしている。
 死亡した3人は、岩見沢市のスーパー店員瓦(かわら)裕子さん=当時(30)=と同市の会社員原野沙耶佳(はらのさやか)さん=同(29)=、札幌市南区の医療機関事務員石崎里枝さん=同(29)=。頸椎(けいつい)骨折などの重傷を負ったのは札幌市豊平区の会社員中村奈津子さん(30)。
 4人は高校時代の同級生だった。
 海津被告は逮捕後の調べに対し、「ビーチで酒を長時間飲んだ。近くのコンビニエンスストアにたばこを買いに行くため、1人で車を運転した」などと供述。海水浴から帰る途中の4人を、ブレーキを踏まずに背後からはねたとみられる。
 しかし地検は、海津容疑者が酒気帯びの状態ながら、現場の制限速度(時速60キロ)内の時速50~60キロで走行し、事故の直接の原因はスマートフォンを操作しながらの脇見運転だった可能性が高いと判断。事故後に近くのコンビニまで運転していることも踏まえ、事故当時に「正常な運転が困難な状態」であることを適用条件とする危険運転致死傷罪の適用は見送った。

「納得できない」 遺族失望

 小樽市内で女性4人がひき逃げされ3人が死亡した事件で、自動車運転処罰法の危険運転致死傷罪ではなく過失致死傷罪で被告が4日起訴されたことを受け、被害者の遺族や、悪質運転の厳罰化を求めてきた被害者団体の関係者からは疑問の声が相次いだ。
 「酒を飲んでスマートフォンを操作しながら運転するなんて明らかな危険運転。それで人をはねるとは殺人と同じ。納得できない」。被害者の遺族の一人は北海道新聞社の取材に対し、失望をあらわにした。
 事件から22日。被告本人やその家族からの謝罪は一切ないといい、「誠意がまったく見えてこない。自分の犯したことを分かっているのだろうか」と憤る。
 疑問を感じているのは遺族だけではない。飲酒によるひき逃げで息子を亡くした「飲酒・ひき逃げ事犯に厳罰を求める遺族・関係者全国連絡協議会」共同代表の高石洋子さん(52)=江別市=は「検察の判断は市民感覚とかけ離れている。3日にも石狩市で飲酒運転による事故が起きた。小樽の事件から間もないのに。これでは悲劇が繰り返されるだけだ」と訴える。
 今回の場合、危険運転罪は適用されなかったが、過失致死傷罪とひき逃げ・酒気帯びの道交法違反の併合罪で、最高刑は一般の危険運転致死傷罪の新類型と同じ懲役15年になる。ただ、「北海道交通事故被害者の会」代表の前田敏章さん(65)=札幌市=は「飲酒が一番の原因なのに不問に付すなら、せっかくの新法も絵に描いた餅だ」と強く反発。高石さんも「飲酒運転は『危険』ではないという社会への誤ったメッセージになる」と語気を強めた。

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